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なぜ= Bad Q = 愚問

「なんで~なんだ」「俺はどうして~なんだ」は悪い質問です。なぜなら、答えは永遠に見付からないからです。行き場のないところに身を押し入れ、どこにも行けなくしてしまっているからです。それよりも「今、何ができるか」を語りかけましょう。
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by somaticcoach | 2007-08-17 17:51

看取り稽古

稽古法の中に「看取り」稽古と云われる方法があります。観て、手で触れて学ぶ。職人の世界での伝承法でもあります。師匠からは何も言葉では教えて貰えない。自分で看て、仕事の流れを読み、ポイントを押さえ、工夫して稽古せねばなりません。そして、また看て師匠と自分のギャップをチェックして工夫を繰り返し、差を埋めるように努めていく。

そこでは見抜いていくセンスも磨いていかないと、見付けたいものに出会わない。それが育まれないと何を盗めば技術が上達するのかわからない。

面白いのは、師匠も弟子の稽古ぶり、成長ぶりを看取っている。一報通行ではないところです。ある程度弟子が成長したら、さりげなく高度な技を見せたり、上級の仕事を担当させたりしていく。弟子は高度な壁にぶつかり、再び頭を抱えて試行錯誤を繰り返す。

「教えてください」「解りません」「難しい」なんて戯言が通じない世界。自分で切り開いて技術を磨くしかない。磨けない者は去るしかない。そんな当たり前の世界が過去にはあったのです。今は、何から何までこちらが用意してあげないといけない時代。与えられるまで待っている時代。人的資源が低下していくのも無理もない。変質者が世を賑わし続けるのも無理もない。
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by somaticcoach | 2007-08-17 17:45

真似 vol. II

真似るはレッスンに限られたことではない。同業者相手でも、全く通じていないことが殆どだ。何を言っても、見せても、自分の範疇でしか解釈しようとしない。それだったら、何も学ぶ必要はないし、何も訊く必要はないという事なのだが、それさえ気づかない。自分の範疇で解釈出来ることはもう知っている事だし、もう出来る事なのだ。

「素直さ」というものを評価する時、真似力(mane-bility)が如何ほどかを判断の基準にする。まず、人の言う事を聞き、こちらの意図していることを敏感に感じ取り、ポイントを押さえて練習していく。多くの人は、「ハイ、ハイ」と返事はするものの、条件反射の口先返事であることが殆どである。「ハイ」と返事をすれば、済まされると思っている。

大人になれば、出来ない事に挑戦していくことをドンドン避けていく傾向にある。挑戦を避け、背伸びをして、自分を一押し二押して学ぶことをしていかなければ、一体未知なものにどういう風に取り組んでいけばいいのかを確立していくことはできない。そこで、順応力を低下させていく。適応する力、変化する力がなければ、躰はドンドン弱くなっていく。

真似る力を持つことで、その環境や状況で活躍している人をロールモデルにして学び、自分も適応することができていく。もともと子供の頃は親や大人、他の人たちがすることを真似ることで、色んなことを学習していたのだ。そして、微にいり細にいり真似ることができることで、自分を磨いていくことができていく。
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by somaticcoach | 2007-08-16 18:23

真似

レッスンを行っていても、大方自分流に行う。最初に見本を示すが、真似出来る人は居ないことが多い。真似るということを行っているだろう人もほとんどいない。動きをみていて、何を観て取って、そうなるのか解らないことが殆どだ。そこで、実は何も看取っていないという結論に到った。

真似ることから学ぶが始まるという。自分流を貫く人は、どこへ向かっているのだろうか?(結局どこにも向かっていない) 自己を捨てて始めて共鳴が出来るようになっていく。何を要求されているのか気づくようになっていく。まず、自我流を行っているのか、手本を(真似て)学んで行ってるのか。しっかりその点を気づいていかねば、始まりは来ない。
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by somaticcoach | 2007-08-16 17:50

思うだけなら誰でも出来る

以前、「ここにいる彼女は、アメリカで理学療法の学校に通おうと思ったそうです。」と紹介された。私は「ふ~ん。砂川です、よろしく。」と挨拶して、手元の仕事に戻った。すかさず「それだけですか?」と突っ込まれたが、「それ以上なんも無いけど」と私。相手は明らかにそれ以上を期待していたようだ。しょうがないから、「思うだけやったら誰でも出来るし、それ以上どう話を膨らませちゅうねん。」と付け加えた。話はそこでピリオド。

私と彼女のことで話が成り立つわけが無い。なぜなら、私と彼女は経験が全く違うから、共通感覚を持っていない。彼女は思っただけ、しかも恐らく本気で想ったのではない。行動に移さなかったのだから、しょせん「~になれたらいいなぁ」という夢物語に過ぎない。私は目的に設定し、学校にも合格し、実際に学校にも通い学び、向こうでPTに「なった」。そして、PTとして働いてきた。全く違う。

上のような話の振りで、何をしろというのだ。その程度の振りで、勝手に色んな事を期待するなよ。それだったら、もうちょっと話の振りを話が膨らんでいくように、あんた自身が工夫しろよ。ちゃんと聞きたい事を質問するとか。会話をなめとるんか。もうちょっと真剣勝負してこいよ。

しかもとうの“彼女”は一切話しに絡んでこなかった。子供やあるまし、紹介くらい自分でせいよ。それを自己紹介いうんや。聞いたことないんかなそんな言葉。

本当に人は勝手だ。自動的に自分が理解されると思い込んでいる。理解されなかったら、こっちが悪者にされる。あいつはいけずだ。あいつは物分りが悪い。あいつは優しくない。自分が理解される工夫や努力をすればいいだけだ。理解されたいのなら、理解されるまで。思うように理解されたいのなら、そういう自分を創っていくしかない。人を勝手に評価し、勝手にすねるのは迷惑にも程がある。
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by somaticcoach | 2007-08-15 13:03

チャンス

以前にも書いたと思うが、チャンスは兎に角トライしていったほうが良い。自分に出来るかどうか考えるだけ無駄。不相応なものだったら、結果は散々なものになるし、自分の能力が勝っているものならば、必ず成功する。なるようにしかならない。だから、いちいち考えるだけ無駄。

兎に角、動き出せ!散々な結果に終わったとしても、トライすることでしか学べないものがいっぱいある。例えば、自分に何が足りないかということが明確になるのだ。これはトライして、実体験を積むことでしか、本当の力の差を認識できないからだ。そして、認識すれば、対策が立てられる。そして、具体的に成長していけるという図式が成り立つ。具体的なものは実際にやってみることでしか判らない。

しかし、舞台に立つことを恐れている者は、一生成長しない。まだ準備が出来ていないという能書きを延々と言って、同じところをクルクル回っているだけである。このことを書いている間にも、思い当る人の顔が次から次へと浮かんでくる。私はいつもバカだな~と思って進歩の無いその人達を観察している。そういう人に限って、人のアドバイスは聞かないから、今はもう遠くから見ているだけ。結局、自分ではもっともらしい言い訳をしているつもりで、自分保護のために挑戦することを避けているだけで、しょうもない人達だ。
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by somaticcoach | 2007-08-15 13:02

何か良い方法はありませんか?

「無い」。最も良い方法は、やるという事だけだ。

"Just Do It!"
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by somaticcoach | 2007-08-15 13:02

気分に振り回されない

自分というちっぽけな存在よりも、大いなるものは何か。それを見つけ出して、それを徹底して尊重するのです。何があってもブレない存在を持ってしまうことです。西洋人なら神かも知れません。でも多くの西洋人の信仰する神もエエ加減なものですわ。便宜上に利用されているだけのことも多い。本当に神を自分を律する拠り所に出来ているヒトは一部の人だけです。
私にもありますが、私自身は私の外のものではなく躰の法則を大いなるものとしています。神というと概念的なものになってしまうきらいがある。だから、出来るだけ普遍的なものを拠り所にすべきだと思う。しかも、常にそこにあるという実感が持てるものがいい。そうすると躰より良いものは、少なくとも私には無い。
人類の歴史始まって以来、何千年と受け継がれてきた躰の真理、自然の摂理を支えにする。これは確実に何十年しか存在できないであろう私自身や私の思考や私の気分なんかよりも大きなものです。私の死んだ後にも、働き続けるものです。一時的な気分に振り回されるほど、惨めで無益なものはありません。後悔を膨らませるものはありません。
真理に生きる気分といったら格別ですよ。どうせならそんな気分を味わうのはいかがかな?
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by somaticcoach | 2007-08-15 13:02

本気か嘘か

人がよく「~したい」と言っているのを耳にすることがあるし、何ヶ月も、何年も変わりなく同じ事に対して「~したい」と言っているのを聞くこともある。
私自身の判断の仕方としては、もうその時点で「それは、嘘やな」となるし、「暇か」となる。まず、そんな悩みを相手にする暇はない。それが他人の戯言であっても、自分自身の戯言であってもだ。人は嘘をついているつもりはないのだけど、その人の、その欲求の強さは嘘物である。本気ならば、本当にその欲求が強ければ、そんな悩みや考えが渦を巻いている暇はないのが、本物である証明だからだ。もっとましなレベルの高い、内容のある悩みや迷いを持っているはずだ。本物はスピードもある、強さもある、限りなく工夫していく柔らかさもある。何よりも「行動」という形を採っていく。頭の中で悶々としているものではない。

自分が無意識に動き出せていない、走り始めていない事に悩みを持っているだけ、時間もエネルギーも無駄である。その事は知ったほうが良い。あなたの潜在意識は、そんな事を実現したいと心底思っていないということだ。知識や情報に流されて、頭が振り回されているに過ぎない事を知っておいたほうが良い。そうしたほうが、時間を無駄にする必要がなくなる。しょうもない、どうしようもない悩みに振り回されなくて済む。本気になっていることに時間を割いていくことができる。何も仕事とかに限ったことではない。遊びだって同じ。悶々と愚図ってしま位のものなら、本当に大事な付き合いじゃないってことを潜在意識は言いたいわけなんだ。上っ面の付き合いをスッパリ断って、本気で腹の底から楽しめる遊びだけに没頭したほうが良い。

即決できない人には、二度とチャンスは巡ってこないし、私自身チャンスを二度と提供することはない。愚図っている人と“遊んでいる”程暇じゃないし、他にチャンスをいつでも掴めるようにと準備を怠っていない人がいるはずだからだ。
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by somaticcoach | 2007-08-15 13:00

削ぐことで生まれるもの

自己を希薄にしていけばいくほど、強力になってくる能力がある。
まわりのものと繋がる力、共鳴していく力である。
自己や自我に固執すれば、当然それ以上のものは発揮されてこない。しかしながら、そういったものを消して、ヒトとヒトが繋がっていくことで、独り以上の何かが生まれていく。
ヒトは一人では生きていけない。何かしら周りの物や人と関わって生きていく。繋がりを持っていかなければ、元気に生きてはいけない。独り以上の存在に高めあうことが人として生きることになっていくんだろう。
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by somaticcoach | 2007-08-15 12:59

兵庫県神戸市の「ザ・ととのゑ屋」さん(威風堂)です。営業のお知らせについて、想っていることについて綴っています。


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