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東京にて

東京で私が関わっている会の3日間の武術セミナーがあった。その中で、私自身も講座を持たしていただいた。解剖学を切口に身体操作などを解明するのに一役買わせて頂いた。
思ったよりも反響が良かった。理屈なんてどうでも良いわという反応が多いのではないかと危惧していたが、逆だった。
やっぱり躰のことやし、誰もが一人にひとつあるものだから、みんな興味がない訳はない。解剖学的にも理論付けられれば、西洋脳の方にも“神秘的”といった逃げ口上はできまい。
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by somaticcoach | 2007-08-28 13:10

想いの根気

想い込んだら試練の道を…。
昔のアニメの唄でこんなフレーズがあった。

ある本にこうように書かれてあった:
『想い続けていると、知恵が生まる。
想い続けていると、アイディアが生まれる。
だから想い続けていると、問題の解決策がみえてくる。
想い続けていると、勇気ある行動力が備わってくる。』

ここに至らない想いはバッタ物のメルヘン・ファンタジーに過ぎないということなんだな。
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by somaticcoach | 2007-08-22 21:04

兄貴的存在

ある健康道場長のTさんは私が勝手に慕っている兄貴である。彼には洗いざらい、色んな事を言って、自分の考えや仮説を整理していっている(自然とそうなった)。なんでか?彼は反響力があり、世界が広がっていく。決して一方通行で終わらない。話はあっという間に数時間に及ぶこともある。滅多に会うことも連絡し合うこともないが、特に最近ではシンクロして同じ方向性の事を考えているようである。一人でもビビーッと反響・共振し合える人を持つと財産になる。ありがたや。
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by somaticcoach | 2007-08-22 13:52

底辺

アメリカ生活時代には底辺を味わった。特に精神がおかしかった時期があった。おかしいといっても社会的におかしいわけではなかったが・・・。

当時でも適応力の乏しい私が異国で一途に燃えて、フラフラ状態だった。自分ひとりで背負い込んでいた。それを支えて、無条件で私を信頼してくれた友がいた。今でも、いつまでも親友の、私の心から決して薄れることのない人がいる。彼らに恥じない、彼らに恥じをかかせない人になろうと決心した。彼らが悲しむようなことはしない。彼らに愛想を尽かされるような人にはならない。途端、力が付いた。人は関係性で生かされいる。自分だけではどうにもならない、自分が本気であれば助けくれる人がきっといる。かっこつけず、みっともなく本気になろう。それやないと何もわからんで!!

底辺は味わった方が良い。今思えばアメリカ当時の私はまだまだ底辺なんてものではなかった。まだまだ甘い。つまり、まだまだ何もわかっていないということだ。半人前過ぎる。どん底募集中!
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by somaticcoach | 2007-08-22 13:13

先生は病んでいる

私がこの世界に足を突っ込み、愉しんでいるのは、はっきり言って病んでいるからだと思う。自分の病と対峙して行きたいから、飽きないで、愉しんで、面白がって躰の不思議を研究し、人の観察をしている。

ある時、私のレッスンに来られている方が、「先生は病んでるでしょ。でなかったら、このようなレッスンは、しないでしょ。」「これは面白くて、私は好き…。」と。批判じゃなく、やっていることの面白さや必要性をこんな風におっしゃった。私は見事に射抜かれた。一本取られた。

そう、私は病んでいます。間違いない。私がリハビリをしているのです。そのリハビリを紹介しているのです。
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by somaticcoach | 2007-08-22 12:58

失敗恐怖症をぶっ壊せ!

失敗を恐れている人ほど保身に陥っている。誰も気にしないのに、失敗しては駄目と勘違いしている。失敗を恐れている人は失敗を失敗のままにして、それを土台に成長したり、学んだりと肥やしにした体験がないのだろう。特に小さい頃から過保護にされて、怪我しないよう、喧嘩しないよう良い子ちゃんに仕立てられたのだろう。泥や糞にまみれ、木から落ち、水で溺れ、挑み続けた体験が乏しい。大人が駄目だと言うことを素直に聞き入れすぎたのかも知れない。
今の自分が嫌ならば保身は捨てて壊れてみるしかない。

創造的破壊だ。

ある知り合いは、「失敗なんてものはない」と言い。ある自己啓発系の本には、「あるのは結果だけ。失敗や成功はない」確かにあるのは結果である。失敗や成功は、その結果をどう捉えたかに過ぎない。しかしながら、失敗は失敗だ。上手くいかなかったということ。自分の思い通りにはいかなかったということを私はちゃんと認めるべきだという立場だ。失敗を経験だの、結果だのとお茶を濁し、曖昧に隠れてはならない。失敗は失敗だとちゃんと認識する必要はあると思うのだ。

しかしながら、失敗は失格ではない。失敗を恐れたり、失敗をしないようにビビルことは間違っている。むしろ、敢えて間違いをする。もちろん、間違いを敢えて行っているという認識の下でだ。そして、間違いというものがどういったものかを知る必要がある。これが間違っているということかと。そうすると間違いや失敗と違う結果を生むにはという展開にもっていける。

失敗を恐れる人は、失敗が何かそもそもわかっていない。得体の知れないものを勝手に恐れているから、失敗するのが怖いとか、失敗をしてはいけないといった呪縛を自らに課すのだ。

失敗は、何か違うことをしろ、工夫を促すメッセージなのだ。それ以上のものではない。恐れるに足りない。
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by somaticcoach | 2007-08-22 12:33

幹の力

土台の弱い大脳は育たない。脳トレで大脳を頑張って刺激しても、脳幹や脊髄がひ弱になっている今の人達には辛いのではないか。土台神経系がひ弱だから、大脳のキャパは小さいはずである。それを頑張って鍛えることは、急がば回れの法則に反している。急ぎ過ぎてかえって大脳破壊活動に精を出しているように思える。戸塚宏氏が脳幹論で唱えいるようにもっと原始的能力を鍛えで土台をしっかり、しなやかにしてあげなければならない。
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by somaticcoach | 2007-08-17 17:53

よくあるドウドウ廻りについて

上手く行かないのは、上手く行かせていないから。つまり、やり方が、取り組み方が駄目ということ。技そのものが駄目なのか。技を扱う術者が悪いのか。工夫が足りないということ。どうしたら良いか判らないのは、結果を出していないから。つまり、行動を起こしていないから、その結果が無い=何も無い。結果がなければ、判断材料がないから、何をしていいのか判らない。結果と言っても勘違いしてはいけない。アクションに対する因果→導き出されたものとしての事実の結果であって、失敗や成功といった結果についての解釈のことではない。
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by somaticcoach | 2007-08-17 17:52

どんな人になるのか

ロールモデルを探せ!今の人達の悲劇の一つは、ロールモデルを身近に持っていないこと。こんな人になりたいという人を持っていないんじゃないか。憧れの人。だから、こんな人になりたいよりもお金持ちになりたいとか大きな家に住みたいとか物欲に目が移ろうようだ。一体どういう人になりたいのか具体的に挙げてみると面白い。そうするとあの有名人のイメージに合うなぁというものが出てくる。そこまで来ると、では身近なところでは…。となっていく。もうロールモデルは出来た。後は徹底的に真似て、エッセンスを学んで吸収していくのだ。
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by somaticcoach | 2007-08-17 17:52

逆行

神経は新しい環境に適応するために発達してきました。だから、一番発達しているはずの大脳が情報整理ができず、むしろ誤った思考や意識の使い方によって、躰の働きを混乱させて適応不順に陥っている様はかえって退行している証以外の何物でもありません。
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by somaticcoach | 2007-08-17 17:52

兵庫県神戸市の「ザ・ととのゑ屋」さん(威風堂)です。営業のお知らせについて、想っていることについて綴っています。


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