2007年 08月 15日 ( 7 )

思うだけなら誰でも出来る

以前、「ここにいる彼女は、アメリカで理学療法の学校に通おうと思ったそうです。」と紹介された。私は「ふ~ん。砂川です、よろしく。」と挨拶して、手元の仕事に戻った。すかさず「それだけですか?」と突っ込まれたが、「それ以上なんも無いけど」と私。相手は明らかにそれ以上を期待していたようだ。しょうがないから、「思うだけやったら誰でも出来るし、それ以上どう話を膨らませちゅうねん。」と付け加えた。話はそこでピリオド。

私と彼女のことで話が成り立つわけが無い。なぜなら、私と彼女は経験が全く違うから、共通感覚を持っていない。彼女は思っただけ、しかも恐らく本気で想ったのではない。行動に移さなかったのだから、しょせん「~になれたらいいなぁ」という夢物語に過ぎない。私は目的に設定し、学校にも合格し、実際に学校にも通い学び、向こうでPTに「なった」。そして、PTとして働いてきた。全く違う。

上のような話の振りで、何をしろというのだ。その程度の振りで、勝手に色んな事を期待するなよ。それだったら、もうちょっと話の振りを話が膨らんでいくように、あんた自身が工夫しろよ。ちゃんと聞きたい事を質問するとか。会話をなめとるんか。もうちょっと真剣勝負してこいよ。

しかもとうの“彼女”は一切話しに絡んでこなかった。子供やあるまし、紹介くらい自分でせいよ。それを自己紹介いうんや。聞いたことないんかなそんな言葉。

本当に人は勝手だ。自動的に自分が理解されると思い込んでいる。理解されなかったら、こっちが悪者にされる。あいつはいけずだ。あいつは物分りが悪い。あいつは優しくない。自分が理解される工夫や努力をすればいいだけだ。理解されたいのなら、理解されるまで。思うように理解されたいのなら、そういう自分を創っていくしかない。人を勝手に評価し、勝手にすねるのは迷惑にも程がある。
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by somaticcoach | 2007-08-15 13:03

チャンス

以前にも書いたと思うが、チャンスは兎に角トライしていったほうが良い。自分に出来るかどうか考えるだけ無駄。不相応なものだったら、結果は散々なものになるし、自分の能力が勝っているものならば、必ず成功する。なるようにしかならない。だから、いちいち考えるだけ無駄。

兎に角、動き出せ!散々な結果に終わったとしても、トライすることでしか学べないものがいっぱいある。例えば、自分に何が足りないかということが明確になるのだ。これはトライして、実体験を積むことでしか、本当の力の差を認識できないからだ。そして、認識すれば、対策が立てられる。そして、具体的に成長していけるという図式が成り立つ。具体的なものは実際にやってみることでしか判らない。

しかし、舞台に立つことを恐れている者は、一生成長しない。まだ準備が出来ていないという能書きを延々と言って、同じところをクルクル回っているだけである。このことを書いている間にも、思い当る人の顔が次から次へと浮かんでくる。私はいつもバカだな~と思って進歩の無いその人達を観察している。そういう人に限って、人のアドバイスは聞かないから、今はもう遠くから見ているだけ。結局、自分ではもっともらしい言い訳をしているつもりで、自分保護のために挑戦することを避けているだけで、しょうもない人達だ。
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by somaticcoach | 2007-08-15 13:02

何か良い方法はありませんか?

「無い」。最も良い方法は、やるという事だけだ。

"Just Do It!"
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by somaticcoach | 2007-08-15 13:02

気分に振り回されない

自分というちっぽけな存在よりも、大いなるものは何か。それを見つけ出して、それを徹底して尊重するのです。何があってもブレない存在を持ってしまうことです。西洋人なら神かも知れません。でも多くの西洋人の信仰する神もエエ加減なものですわ。便宜上に利用されているだけのことも多い。本当に神を自分を律する拠り所に出来ているヒトは一部の人だけです。
私にもありますが、私自身は私の外のものではなく躰の法則を大いなるものとしています。神というと概念的なものになってしまうきらいがある。だから、出来るだけ普遍的なものを拠り所にすべきだと思う。しかも、常にそこにあるという実感が持てるものがいい。そうすると躰より良いものは、少なくとも私には無い。
人類の歴史始まって以来、何千年と受け継がれてきた躰の真理、自然の摂理を支えにする。これは確実に何十年しか存在できないであろう私自身や私の思考や私の気分なんかよりも大きなものです。私の死んだ後にも、働き続けるものです。一時的な気分に振り回されるほど、惨めで無益なものはありません。後悔を膨らませるものはありません。
真理に生きる気分といったら格別ですよ。どうせならそんな気分を味わうのはいかがかな?
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by somaticcoach | 2007-08-15 13:02

本気か嘘か

人がよく「~したい」と言っているのを耳にすることがあるし、何ヶ月も、何年も変わりなく同じ事に対して「~したい」と言っているのを聞くこともある。
私自身の判断の仕方としては、もうその時点で「それは、嘘やな」となるし、「暇か」となる。まず、そんな悩みを相手にする暇はない。それが他人の戯言であっても、自分自身の戯言であってもだ。人は嘘をついているつもりはないのだけど、その人の、その欲求の強さは嘘物である。本気ならば、本当にその欲求が強ければ、そんな悩みや考えが渦を巻いている暇はないのが、本物である証明だからだ。もっとましなレベルの高い、内容のある悩みや迷いを持っているはずだ。本物はスピードもある、強さもある、限りなく工夫していく柔らかさもある。何よりも「行動」という形を採っていく。頭の中で悶々としているものではない。

自分が無意識に動き出せていない、走り始めていない事に悩みを持っているだけ、時間もエネルギーも無駄である。その事は知ったほうが良い。あなたの潜在意識は、そんな事を実現したいと心底思っていないということだ。知識や情報に流されて、頭が振り回されているに過ぎない事を知っておいたほうが良い。そうしたほうが、時間を無駄にする必要がなくなる。しょうもない、どうしようもない悩みに振り回されなくて済む。本気になっていることに時間を割いていくことができる。何も仕事とかに限ったことではない。遊びだって同じ。悶々と愚図ってしま位のものなら、本当に大事な付き合いじゃないってことを潜在意識は言いたいわけなんだ。上っ面の付き合いをスッパリ断って、本気で腹の底から楽しめる遊びだけに没頭したほうが良い。

即決できない人には、二度とチャンスは巡ってこないし、私自身チャンスを二度と提供することはない。愚図っている人と“遊んでいる”程暇じゃないし、他にチャンスをいつでも掴めるようにと準備を怠っていない人がいるはずだからだ。
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by somaticcoach | 2007-08-15 13:00

削ぐことで生まれるもの

自己を希薄にしていけばいくほど、強力になってくる能力がある。
まわりのものと繋がる力、共鳴していく力である。
自己や自我に固執すれば、当然それ以上のものは発揮されてこない。しかしながら、そういったものを消して、ヒトとヒトが繋がっていくことで、独り以上の何かが生まれていく。
ヒトは一人では生きていけない。何かしら周りの物や人と関わって生きていく。繋がりを持っていかなければ、元気に生きてはいけない。独り以上の存在に高めあうことが人として生きることになっていくんだろう。
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by somaticcoach | 2007-08-15 12:59

あえて

敢えて、不快な環境に身をおく。挑戦的な(ツッコミ力ある)人と付き合う。緊張させられる人と付き合う。その環境をどう克服し、そういう人に自分を認めさせるかという勝負をしてみる。私の武道のH先生は非常に厳しい、想いの乗っていないことを口滑るとすかさずチェックが入る「それどういう意味やねん」。私は呆然となる。ようするに何も考えていなかった。自分の言葉を喋っていなかったということを思い知る。恥をかく。毎回、自己嫌悪と自己ツッコミを激しくいれ直して、「クソ~」という思いを糧に背伸びをしていく。

そんな環境だから、毎週の稽古もその後の食事の時も、気合を入れてプレッシャーを存分にかけて、敢えて自分から丸裸になっていくように心掛けている。へんに繕っても全部見透かされるから、余計にかっこ悪いし、余計にバカ丸出しになる。

鍛えられることで大きくなっていく。鍛えてくれる存在を作っていくことは大人になればなるほど大事だと思う。歳をとればとるほど、自分の殻や箱に入り、鎧を着て、自己防衛に走る。しかしながら、H先生の下には沢山の人は集まらない。皆恐れるからだ。丸裸にされて、自分が後生大事に守ってきたエゴを否定されることが怖いからだ。でも、集まっている人はみんな愉しい。みんな真剣だから、うわべの笑いや快楽的な暇つぶしはない。腹から笑い合える人達である。真剣に自分に向き合う人達と付き合うとこういう宝物がある。

よっぽどの人でなければ、自分で自分を鍛え抜いていくことは出来ない。「よっぽどの人」なら良いが、そうでない人は一日も早く温室から出てきたほうが良いと思う。
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by somaticcoach | 2007-08-15 12:58

兵庫県神戸市の「ザ・ととのゑ屋」さん(威風堂)です。営業のお知らせについて、想っていることについて綴っています。


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