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テーマは自分で持つもの

治療というものは一方的にはできない。どんな状態を目指すのかを本人が持っていなければ、手助けの仕様がない。しかし、だいたい痛みを取りたいとか、コリをなくしたいとかという反応が来るに過ぎない。それだと非常に漠然としすぎているし、氷山の一角をどうにかしたいと言っているに過ぎない。その痛いことや凝ることで何が困るのか、本人が追求した具体的にテーマを持っていないと、物事があやふやだと、治すとか治さないというのが実体をおびてこない。それに痛みから逃げたいだけだったら、軆自身が発信しているメッセージから逃げているだけだから、軆は何をどうしたらいいのかわからないのだ。

テーマというものは与えられるものではない。自分が何に繋げていきたいのかというものを持って生きているものだ。セミナーを告知すると「どういうセミナーですか?」という質問が必ずいくつか寄せられる。こっちはこっちの力の範囲で言葉にして告知した。それ以上に「どういうものですか?」と漠に質問されても本当に困る。それに、これ以上情報を得てどうするのだろうとも思う。せめて、「こうこう云われていたのは、こういうことですか?」「私が求めているものは~です。このセミナーは何かの助けになると思われますか?」といった具体的に突っ込んだ質問をして欲しい。「どういうセミナーですか?」はバカにし過ぎた質問だと思う。「こっちの書いたことを読んだのかい?どれくらい読んだんだ?」会話で人の話を全く聞いてない人がしてくる質問に似ている。つまり、会話になっていない。要するにこっちが書いた告示文などちゃんと読んでもらえていない。

私の経験では、なんでもピ~ンッと来るもんだ。問題意識を持って生きていたら、もしかしてこれかな?ってレーダーに引っかかる。当たりか外れかわかんないけど、とりあえずそのとき「これだ!」って感じたものを信じる。あとは行ってみて品定め。だいたい、その時点で“当たり”になっている。心持がワクワク状態になっているから、いろんなもの吸収して帰ってこれる。「どういう~ですか?」なんて個人的には思ったことはないから、逆にこういう質問をされると困惑する。

一応返答は、告知した事を言い方を変えて返事する(私にはそれ以上言葉を持っていない)と、じゃあ受講させて下さいとなる。結局は説明が欲しかったんじゃないような気がする。その人の感に掛かったものにもう一押しが欲しかっただけなのかなぁと思うのだ。馬鹿な私は真に受けて、質問の返答に困りきっていたのがちょっと可笑しい気がする。
by somaticcoach | 2007-09-27 12:24