もうすぐ世界陸上

テレビの盛り上げ方には興味は全くなく、頼むから出来るだけ静かにして欲しい。
アメリカの野球でバットでボールを打つ音、キャッチャーのミットにボールが納まる音を楽しむように、選手の走る生の足音を楽しみたい。できることなら・・・。

高校総体でも400mで良い記録を出した大阪の高校生、金丸裕三選手にも注目したい。でも、記録そのものよりも、世界のトップアスリートがどういう走り方をしているのか(どういうカラダの使い方をしているのか)をしっかり観察したい。一杯、ヒントを拾いたいと思う。
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# by somaticcoach | 2005-08-04 23:26

身から出た錆

明徳義塾高校が全国高校野球大会の出場辞退するこになった。個人的に全く同情はない。
これを機に、人として何が大切なのか一人ひとり考えて欲しい。勿論、監督・部長も含めた大人もだ。

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# by somaticcoach | 2005-08-04 21:46

親子の繋がり

両親に背負われた感触が、僕自身のカラダに残っている。アルバムを見ると背負われている写真も残っている。中には、周りの子どもを背負われている姿が一緒に残っている。ええ時代やったなぁと思う。両親がカラダ全体で支えてくれていた。小学校でも友達同士でおんぶした記憶がある。

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# by somaticcoach | 2005-08-04 19:56

生命

原始生命力の強さを感じた。
アメリカで悪性脳腫瘍のため脳死となっていた女性(Susan Torresさん)が赤ちゃんを帝王切開で出産し、生命維持装置を外され自らの命を全うした。(日本語版ニュース)(英語版ニュース) 癌の転移があちこちに進み、子宮に転移が及ぶか及ばないかのギリギリまでねばっての帝王切開による出産劇。わずか820gで生まれた赤ちゃんだが元気だそうだ。Life energyはその女の子に受け継がれていった。
過去にも脳死の方の出産例があるらしいが、改めて生命体の可能性を感じさせられた。
大脳は死んでも命は終わらない、原始脳と言われる脳幹が基本的な生命活動の中枢を担っているからだ。どこまでが人としての命と考えるかは難しい問題だが、健全なカラダを保つためには、脳幹へのインプットとアウトプットのバランスは非常に大切で基本的な要因である。その原始脳が大脳と良いバランス関係を築いていることも大事だ。現代に特徴的な頭仕事、手先の仕事、眼の酷使などの頭でっかちな生活スタイルが強くなると、そのバランス関係はドンドン崩れていく。病気や痛みなどに繋がっていく。脳幹にプログラムされている持って生まれた自分の生命力を発揮するには、日常生活の陰と陽のバランスを築きましょう。そこから、自分の仕事や趣味などの世界に発展させて行こう。
命と死を考えることは、日頃の自分の在り方を捉え直す絶好の機会になる。このニュースを皆さんはどう感じ取りましたか?
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# by somaticcoach | 2005-08-04 12:22

畳:藺草の匂い

畳部屋が好き。藺草の香りが、たまらなく好き。何とも言えない。うつ伏せで畳の香りを味わいながら昼寝をするのは、格別である。長い長い外国暮らしの時は、こんなに素晴らしいことを味わえなかったなんて・・・日本に藺草の香りがある限り、また思い切って海外生活に踏み切ることは難しくなるであろう。

近所に畳屋が何件かある。通り過ぎる度に、一瞬店先に立ち止まって深呼吸し、カラダ一杯に藺草の香りを運んだ空気を取り入れる。骨の髄から遺伝子まで、この文化の中に生きているんだなぁって実感する。

畳の上での床文化は、日本独自。大切に味わって生きていきたい。床での生活機会が少なくなっている現代は、畳屋さんも商売が厳しいんだろうなぁとお節介な事が頭を過ぎった。いつまでも残っていて欲しい畳屋の前で畳職人さんの姿を見ながら感慨に耽った。

最近では、ある方の本格的な日本茶室を借りて施術を行う機会が月に何回かあり、そこを使わせて頂くのはいつも楽しみである。身なりも立ち振る舞いも日本人となる。

文化に根付く職人さんには、ずっと憧れを抱いている。日本のカラダ文化を支える職人を目指したい。
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# by somaticcoach | 2005-08-03 00:33

あるがまま

あるがままに身を任せる。
川に行って川の流れに身を任せてみた。流れに逆らうことなく浮かんでいると快が目覚めていく。ただただ気持ちが良い。川に飲み込まれてしまうのではないかという怖さも全くない。呼吸も大きく深い---その時の在り方に間違いはない証拠だ。大きなものに逆らうことの馬鹿馬鹿しさを身を持って体感する一つの方法だと悟った。自分はあくまでも自然界の一部に過ぎないのだと実感した。

温泉に浸かる。そこでも身を任せて浮かんでみた。この温泉の効用がどうだとか、~に効くとか、頭で処理されていく情報なんてどうでもいい。そこに本当に身を任せていれば、その温泉が自分のためになるのかどうか肌を通じて解る。それが、カラダの本音を聴き入れ、カラダを感じるということ。

どれ位の人が「あるがまま」の自分を体感したことがあるのであろうか?実は、誰もがあるはずです。頭を使いすぎる習慣を身に付ける前は、皆在るがままの存在でしか居られなかったのに・・・。

運動を手段として使っても良いのだが、形式に拘り重視したスタイルのエクササイズでは到底たどり着けない奥の深い世界がある。私は運動学的な「感じる」ことには興味がなくなってきた。在るがままを感じれない人には経験できない世界をカラダ全体で体感する。最近そういうスタイルのないスタイルのものを取り入れて、新しい世界が拓けてきている。自分のカラダは何処の次元にまで飛躍してくれるのであろうか。次のレベルの在るがままは、どんな在り方なのであろうか?楽しみでならない。
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# by somaticcoach | 2005-08-03 00:09 | Somatics

手足の進化

爬虫類においては手足の機能に大差は見られない。ワニを例に取ってみても、形や働きは前足後足共に同様で、前後の足を独立させて使うことはない。
四足の哺乳類では少しずつ機能細分化が見られ、前足をより器用に使うことができる。後ろ足から独立させて、前足で食べ物や獲物を抑えたり、物を引っかいたりすることが出来るようになる。
霊長類では更にそれが進むが、手と足の形はあまり変わらないし、手と足を同様に用いる習性が残っている。
人類になって、完全に二本足での機能が確立することで、手と足の機能が高度に区別されてきている。足の発達によって直立二足歩行を獲得し、手を完全にフリーの状態にできることが、手の更なる発達という進化を手に入れる要因になった。足が手の自由をもたらしたのである。人類の手にだけ身についた『対立(親指先と他の四本のそれぞれの指先を合わせて、つまむように働かせること)』という特有な機能も生まれた。
このことから分かることは、足の機能を低下させることは、手の退化を呼び起こすことに繋がっていく。立つ・歩く能力が弱くなると、手の働きも弱化の道を辿り進んでいくことになる。
以前にも述べたが、人間としての身体を一生涯間に合うようにするには、つまり、満足させるためには、足を満たして足を発達させることが何より欠かせないのである。
手足にはそんな関係がある。立つ・歩く能力の弱っている現代人は、手の衰えという宿命も背負うことになる。
あなたは手足に対してどういう在り方を選択しますか?
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# by somaticcoach | 2005-08-02 03:51 | Somatics

meme

meme(マイム)=ここでは「思い込み」とでも訳しておきます。
私達は、自分が慣れた機能を何の差し支えなく日々果たすための思い込んだ基準(マイム)がある。自然の機知は、私達の便利さに偏った思い込みに塗り替えられてゆく。勿論、文化によって素晴らしい(ポジティブな)マイムもあるが、思い込みによる生活が自分のカラダや心を蝕んでいくものも多い。たとえそうなっても、自分のマイムにどっぷり浸かっているほうが楽なのだ。痛みを伴おうとも、変化していく勇気よりも、慣れ親しんだ痛みの中に生きるほうが数倍楽なのである。
慢性痛を持った人の中には、頭では痛みから解放されたいという願望を持つが、痛みと言うアイデンティティを自分の中で確立してしまうと、自分と痛みは切り離せなくなってしまう。痛みを持つ自分のことを語ることが自分の第一主張になる。自分の過去に負った傷のことや自分の運の悪さとかダメな自分のことなど被害者としての立場の話ばっかりする人も同じである。Caroline MyssはWoundology(wound=傷 から派生した言葉)と呼んでいる。最初に人の関心を煽って、注目されたり、人から気遣ってもらったばっかりに、このようなマイムが身についてしまう。いつしか傷を舐めあうだけの仲間の集合体も生まれる。
傷を語ることや他人とシェアすることは、なんら悪くないし、傷を癒す大切なプロセスである。しかし、何年経っても、自分の負った傷の中でしか生きられない偏った人生を過ごすことやそれによって周りの人を操ることは、治癒のプロセスでも癒しもない。

Caroline Myss(著)Anatomy of the spirit をお薦めします。日本語版も出ているはずです。
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# by somaticcoach | 2005-08-01 09:22