私の歪んだ脳

自分がどのように映っているのか。自分の見え方と言うものほど普段は盲目であることを体験した。昨日・今日にかけて資料作りのため写真撮影をしていたのだが、撮影した写真をみて愕然としている。自分が思い描きながらやっている現実は、イメージ像と相当かけ離れていることを思い知った。もし私がダンサーであるならば、客からお金を頂いて披露するような代物では到底無いということである。人に身体のことを指導している者としても、かなりええ加減な事をしてきたんだなぁと痛感せざるをえなかった。

声と言うものも自分が聞いている自分の声と実際に人に聞こえている自分の声には相当な違いがある。自分の声をテープに録音して聞いてみると、これが本当に自分の声かと疑いたくなる。声の聞き取りに関しても相当自己イメージというものが邪魔をして"善良な"解釈をしてくれているように思えてならない。

もっと自分に正面向かい合いをするには、自分ひとりよがりの鍛錬ではどうにもならないこともあるようだ。こんなときは人の手を借りることが助けになる。幸い私には師匠と敬え、指導を仰ぐことができる方々がいる。そして、今回痛感した自己イメージと現実のギャップを埋めるべく、映像という文明の力も借りて反省を繰り返していこうと思う。
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by somaticcoach | 2006-04-30 16:35

腰肚の実感

今日は祝日朝稽古のため大阪に出かけて行った。
今の自分のレベルが低いことを実感しながらも、行き当たりばったりではなく、安定した身体能力を発揮していくコツを掴みかけている。
それは、腰肚の実感である。腰肚に力を集約させ、またそこから末端へ力を派生させていく。力といっても「りきみ」とは違うものなので、筋力の話をしているのではない。腰が身体をひとつに纏め上げてくれるように身体を操作する術が実感でき、創出できるようになってきている。気持ちよさを身体の隅から隅まで通すときも同じ要領で身体を操作する(快に導かれるときは、快感覚に操作してもらう)。一動作一対応ではなく、全ての優れた身体操作に共通した基礎操作術を探って稽古していくことが自分には合っている。そこから全ての身体活動に応用していく。
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by somaticcoach | 2006-04-29 16:04

皮膚で生きている

資料用に皮膚についての調査と自分の仮説を纏めている。
改めて皮膚という臓器に惚れ惚れしてしまう。皮膚に対する興味を持ち始めて長い年月が経っているけれども、未だにその興味は尽きるどころか、ますますそそられて来ている。

皮膚が感受性の最前線であることを昨日と一昨日の私の身体でまざまざと思い知らされた。身体操作の検証をK-Fitのスタッフを捕まえて行っていたのだが、同じ稽古でも私の感性は一昨日はビンビンに冴えていたにもかかわらず、昨日はお休み状態だった。大体の原因はわかっているのだが、その格差のために少々落ち込まずにはいられなかった。皮膚というものが何とバランス関係を保っているかということを考えれば、皮膚感覚の一時的退化には納得できる。

それはなぜなのか、ここでは言わないでおこう。SCPTPを受講してくれる方のご褒美に取っておきたい。そんな大層なことじゃないから、推測できる人も多いと思います。

それ以外の仮説があります。場が異なったということも大きい影響かもしれません。一昨日は人工芝の部屋で確かマイナスイオンを満たしているところ、昨日はスタジオを使いました。皮膚にとってマイナスの負荷がどう働くか、これを知っている人は身体機能違いに現れても納得できるかもしれません。しかし、どんな場所であっても、その場に馴染んでそれなりの身体能力を発揮できるようになっていきたいと思います。

Sマジックと言って頂いたREACHの桑原さんも皮膚への関心が増してきたのではないか?皮膚は面白過ぎる。
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by somaticcoach | 2006-04-28 13:55

手を変え品を変え胴腕一致のコツを伝えようとしているが、なかなか難しい。参加者が出来ないからしょうがないと言ってしまえばそれまでだが、伝える方にも問題があるように思えてならない。確かに非常に難しい身体操作のレッスンではあるが、コツ操作のレッスンであるだけに、何か閃きを与えられるコツを伝授したいものである。救われたのは、一週間前のレッスンをテニスに応用したご婦人が、パワーのある球が打てるようになったとの報告を得たことだった。意識して胸で腕を操るようにするだけで腕への負担と打球の勢いが変化したそうである。これからもっと精密に細かくコントロールしていければ、彼女にテニスも激変していくことであろう。

胸の使い方、そしてそれを腕に伝えるということは、プロのアスリートでも出来ない人が多いと思う。その証拠が後を絶たない肩・肘の障害に代表される上肢の怪我である。私の願いはK-Fitに集まるご婦人達が現在のプロアスリート以上の身体操作を家事などの日常生活でみせることである。そんな人が町に溢れているからこそ、トップアスリートの次元もアップしてけるのかもしれない。生活文明ではなく、生活文化の向上が日本人力の向上に繋がってくると感じています。
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by somaticcoach | 2006-04-27 15:56

今日も4~5名の新加入のお客さんがいたので、快についての説明を短く行って、早速快氣法に入った。ほとんどの人が有経験者になると、そこに新加入の人がいても上手くクラスの流れに乗っかってくれるから、初めての人でも動きがドンドンでてくる。初めての人も常連さんも遜色ない快の表現ができていた。まさに快の伝道が無言のうちに行われて、クラスが一体化していく。まさしく、究極のコミュニケーション法だ。

スタジオ中央に絶妙の空間が出来ていたので、そこで私自身の時々快氣法を行いながら、クラスを誘導させて頂いた。前半の快氣法はだいぶ板についてきた感じである。熱心に毎週通ってくれる常連さんもいるために、しばらく色々な快氣法の導入を行って快の育成を行っていこうと思う。近い将来は、この快氣法を独立させて、30分くらいの快氣法集中クラスにしてみたいと思っている。(私の個人的な希望だが・・・)

後半は身体操作。腕と胴体を繋ぐ。立ち方も指導して、腰に力が集まり、腰から力が派生していくことを狙った。立ち方も胴腕一致もかなり難しいみたいだが、この腕の使い方がいかに身体の能力を腕・手・指先を通して効率良く、効果的に発揮するうえで大切であるか力説しておいた。この身体操作も引き続き行って皆さんに、技化した身体を練っていって頂きたいと思っています。
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by somaticcoach | 2006-04-26 23:22

CM撮影

本格的な撮影を初体験したのだが、実際はほとんど野放し状態にされて、それをカメラで追っかけるということを提案された。
やってる方はかまわないのだが、絵的にどう映っているのかなと要らぬ心配をしながら動いていた。プロの方がオッケーというなら、それでいいんだろう。

しかし、45秒の作品を作るのに、一日中かけてカメラを回している。大変な世界だなぁと感じた。どの作品においても、目に見えている部分なんてほんの一握り。芸術家はそこに自分のすべてが凝縮されるように作品に精魂籠める。それが表現されている作品が人を唸らせるのだろう。本でも字面そのものよりも、いかに行間に味わいがあるかがいい本と駄目な本を分けると思う。

私事でも目に見えて表現していることに、いかに深みある味わいを持たせることができるかってことが大切だなぁと実感した一日だった。他業界の仕事を観察させていただくのも非常に参考になります。そこから鼓舞されていくものが沢山あります。なぜなら、世界は結局は一つで、繋がりを持って動いているからです。何かと自分には関係ないと自他を切り離してしまう、自分の中でも心と体を切り離してしまいがちですが、「繋がり」という観点を持っていないと、世の中で起こっていることが自分に降りかかった時にアタフタしてしまって苦しみの循環に陥ってしまいます。

JR脱線事故から一年経ちました。自分が当事者の立場ならどうしますか?今回被害者の立場にならなかった人も、いつ自分がそうなるかわかりません。つまり全ては他人事では済まないのです。毎日、新鮮な眼で世界を眺めてみましょう。世界と自分の繋がりを感じて生きていきましょう。
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by somaticcoach | 2006-04-25 09:39

快氣法セッション in Osaka

23日は快氣法のワークショップがあり、盛況に終えることができました。
私の師匠自らがセッションを行いました。素晴らしい快の伝達が行われました。
究極の身体コミュニケーション法である快氣法。
私自身K-Fitを含めて色々展開して伝えて行きたいと思う。
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by somaticcoach | 2006-04-25 09:29

今日のクラスでも肩腕一致に取り組んでもらった。皆さん出来ないことに興味津々でした。この木曜日のクラスの常連さんは非常に食いつきが良い。パワーあるご婦人の集まりで眼の輝きが違うからレッスンしていても愉しい。

この腕と全身を一体化させるということを引き続きレッスンしていきたいと思う。このご婦人達が腕の正しい使い方を覚えて、フルパワー全開への一歩を進めれるようにお手伝いしたいと思う。

そのパワーで街を満たしてくれるともっと明るい社会が広がるなぁ。今日の帰りの阪神電車の中は異常に暗かった。みんな俯きかげんで、車内の空気が澱んでいた。深い雲がかかっていた。これが現実何なんやなぁ。この車内でSomaticsのレッスンやったら、めっちゃ面白いやろうな、この車両だけ異様に明るく元気になるだろう。帰宅までの一時間ほどの車内で立って仙骨・尾骨・恥骨操作の稽古をしながら、仕事疲れした身体を元気付けながら仮想電車内Somaticsレッスンを想像していた。

代行要因の成長は着々と進行している。知識を伝えるのではなく、自分の実感を言葉に乗せる、説明していく。頭でっかちだとだれもついてこない。せいぜい頭でっかちの人しかついてこない。常連のご婦人には、感覚言葉で訴えかけなければならない。
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by somaticcoach | 2006-04-20 20:55

今日の入りは多すぎず少なすぎず、スタジオサイズにとってちょうど良い人数のクラスだった。
内容は今月のテーマ通り、快に導かれた運動と身体コントロール。

身体コントロールのパートでは、胴体と腕(肘)を繋ぐということを追究していただいた。腕と胴体の一体感を出すための初歩的な身体操作を行った。これは、全ての上肢の動作を力強く、円滑に行うための基本的なものである。肩こりになってしまう方、物を持ち上げるのに力が出せない方やそんな時に腰や背中に負担を掛けてしまう方には非常に重要な身体操作である。またスポーツで胴体や下半身からの力を腕や手先に伝えて、最大のパフォーマンスを発揮するためには欠かせない。この肘の使い方ができて身体を繋ぐことができないと、せっかく体幹からの馬力を無駄にしてしまうことになる。これができると女性でもとてつもないパワーを発揮できる。ほんとに筋力なんてどうでもいいってことを教えてくれる。身体を神様が作ってくれた設計通りに使えれば、一生懸命余分なものを足す必要はない。

初めてということで難しかったようだが、一人ひとり回って一度だけでも感覚を味わってもらった。しばらくこの腕と胴体の一体感を応用した身体操作を指導していこうと思う。
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by somaticcoach | 2006-04-19 22:51

目の前の観音様

阪急電車で揺られていた。
座席に坐っていた。ある駅に着いてそこからも乗客が乗り込んできた。
向かいの席に初老夫婦が腰を掛けた。

ご主人の顔を見ると、自然と私の顔に笑みが装飾された。なんと微笑ましいことか。観音様か仏様のような顔をして、何ともいえない安らぎを与えてくれる微笑を浮かべている。それがこの方の素の顔なんだろう、その表情は崩れない。奥様が話しかけると、なお一層ご主人の顔の仏様度は増して、相槌をうっている。田舎の家屋の縁側でちょこんと正坐をしてお茶をすすっているおばあさんを想い出させるように、座席にチョコンと腰を掛けていらっしゃる(勿論、電車の座席で正坐をしていないのだが)。その方の隣に大股開いて腰抜け状態でだらしなく座って、耳にはIpodかなんかで音楽を聞いて、少年ジャンプを読み漁って口の締まりの無い若者と対照的だった。残念ながら、このままではこの若者がこの初老のご主人の境地に至ることはあり得ない。

試しにその方の内相をちょっと拝借させて頂いた。腰にほのかに力が充実していて、その力が全身にやんわりと広がって身体が非常に安定しているのを感じた。これは凄い、この方は達人かも知れない。何をやっている(やっていた)方か知らないけれど、その道ではかなり熟練した方ではないだろうか。

残りの乗中その方とエネルギーの交流をさせていただくように、その方の背骨に息を通すように私の身体を落ち着かせていった。生きる観音様に出会うことは、かくも感動的なことなのか。
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by somaticcoach | 2006-04-18 22:51