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今度検証してやろう!

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普段電車を乗車する機会のほとんどない下りの駅のホームで電車を待っていたとき、ブラブラしていると、面白看板を見付けた。髪切虫いう屋号も面白いけど、私自身「徒歩1分、走って30秒」に惹かれた。ほんまかいな。今度「髪切虫さん」まで走ってみようと思います。でも、何で走ってまでして散髪しに行くんや?
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by somaticcoach | 2006-03-30 17:50

欠伸の効用

今日は本当によく欠伸が出る一日であります。人目もはばかることなく欠伸全開披露しています。その時感じたことなのですが・・・

おそらく、眠いから欠伸をするのではないのではないか。また、直接欠伸が身体を起床させるのでもないと思うようになっています。
欠伸を体系化した体操を指導していたり、自分自身でも毎日やっていて気づくことがあります。その効用は日々異なるのです。ある時は、欠伸を出し切ってあげることで、身体がとてもすっきりして、気分爽快・身体軽快になる。ある時は身体が休息要求を出してくる。欠伸が出たから身体の素直な要求が露になって、「寝たい・骨休めしたい」という状態になるようだ。
欠伸自体は、はっきりした行動の指針を示すのではなく、欠伸は身体を緩めることを手伝って、身体の裡なる真の要求を浮彫りにする役割があるのではないか。つまり、感覚を覚醒させているのだとみています。
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by somaticcoach | 2006-03-29 14:41

魁皇と白鵬の一番

日曜日の千秋楽の大相撲を観る機会がありました。
特に印象が残ったのは魁皇と白鵬の一番です。
仕切る度に二人のうちどちらが優位にあるか、二人の内相を感じながら、どちらの力士の方が息が入るかという見方をしていました。仕切りごとに優位性がめまぐるしく変化していくのにはワクワクしました。何で相撲はさっさと「はっけよいのこった」ってしないのか、ダラダラして面白く無いわという観方しかしていませんでしたが、最近はこの間がもたらす面白さにはまっています。やっと相撲の面白さがわかるほど成長したということなのでしょうか。

圧巻は、待ったなしの時、つまり、最期の仕切りの際です。先に白鵬関が手をつき準備オッケーになり、魁皇関を待つ形になりました。魁皇関は白鵬関との間合いを感じながら準備に入ろうとするのですが、中々自分が優位になるような間合いに入ってきません。この一番を落とすと、大関からの転落です。それもあってか、慎重さの上にも、今場所なかなか見れなかった魁皇関の集中力には尋常じゃないものがありました。その集中力のためか、感応力も非常に高かったと思います。このとき、私には断然白鵬関が優位で、白鵬関には息が通っていました。このまま仕切ったら、白鵬関の勝ちは見えていました。魁皇関の凄さは、このことを感じ取っていました。自分の間合いにならないこと、今自分が不利にあること、このまま勝負を挑むと負けてしまうこと。それらをあの一瞬に感じ取っていました。そして、魁皇関は「待った」をしました。

この「待った」で形勢は完全に逆転しました。この一瞬を境に、魁皇関に息が通り、白鵬関に息が詰まる間合いに変化しました。そして、勝負は魁皇関が万全の体勢を築き、圧勝しました。この一番の勝負は、組み合う前に、精密に言うと組み合う寸前に決まっていました。今場所引退も囁かれた魁皇関ですが、この一番を観る限り、まだまだ力士としての勝負勘や力量が十分にあると感じ、まだまだ辞めるのは早いと思いました。何よりあの間合いへの感受性が衰えていないことは、凄い。しかし、条件があります。身体をバランスよく調えることです。今の魁皇関は自分を支えるのがやっとのところにきています。この状態を抜け出して、身体を練る必要があると思います。それができれば、もう一花咲かせることができる強い力士だと、陰ながら応援しています。
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by somaticcoach | 2006-03-28 04:37

足の火照り

昨夜は一晩中足が熱かった。足が比較的冷え性の私には、この時期の夜中に足が熱く感じることは今までありえなかった事。昨夜は特別異常気象で、熱帯夜っていうわけでもなかったし、足以外は羽毛布団を欲しがって、しっかりかぶっていた。「なんでやろ」って思い巡らしてみた。

昨日は眠りにつく時に呼吸を試していた。関節呼吸や収縮-拡張呼吸を足・脚や腰・骨盤部中心に行っていた。呼吸法だけで身を調えようと横着(?)していたわけだけど、そのお陰で面白い効果を体験できたのかも知れない。

いつも電車の中で呼吸法をしているのだけど、今日の出勤電車の中では呼吸の全身への通りが非常によかった。これも今までには無い位の進歩だったから、昨夜の呼吸が生きていたのかも知れない。

今日の施術中は、ほぼ頭は空っぽ状態で、なんとなく何かに導かれて進めているようだった。考える事はなく、自然と身体が次から次へと赴く。最近気をつけている鼻呼吸(まだまだ、鼻呼吸だけでは息苦しくなることも多い)と自己流ではあるが色々な呼吸法の試みが功を奏しているのではないかと感じていた。

最近は「やっぱり“気”だ」ということで、練気に凝っていて、呼吸に改めて力を入れています。今夜もやってみよう。
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by somaticcoach | 2006-03-26 19:30

Interesting stats in MLB

MSN Japanより

知っておくとメジャーリーグをより深く楽しむことができるデータをご紹介する「知っ得DATAランキング」。第20回は、昨シーズンの高齢選手ランキングを紹介しよう。

よく「40にして惑わず」などというが、プロ野球選手にとって40歳までプレーすることは大変な目標のひとつである。鍛え抜かれたトップアスリートの彼らでも、肉体面での衰えは歳を重ねるごとに隠しきれなくなる。また豊富な経験を積んでいるからといっても、プレーに余裕が出てくるわけではない。少しでも成績を下げれば「引退」の2文字がちらついてくるだけに、若かった頃よりも1試合、いや1打席、1球の重みが増してくるのだ。「ワールド・ベースボールクラシック」(WBC)で日本代表を優勝に導いた王貞治監督も40歳まで現役でプレーしたが、バッティングが楽だと感じた時期は全くなかったという。鍛え抜かれた肉体と精神、そして高い技術と飽くなき向上心が一体となって、初めて「不惑」プレーヤーが誕生するのである。

それでは、昨年のメジャー高齢選手(投手・打者別)トップ5をここで発表しよう。

2005年 高齢選手 投手トップ5 
順位  チーム名  年齢 (生年月日)
1  R.クレメンス(アストロズ)   43 (1962年8月4日)
1  J.モイヤー(マリナーズ)   43 (1962年11月18日)
3  D.ウェルズ(レッドソックス)   42 (1963年5月20日)
3  R.ジョンソン(ヤンキース)   42 (1963年9月10日)
5  K.ロジャース(レンジャーズ)   41 (1964年11月10日)

2005年 高齢選手 打者トップ5
順位  チーム名  年齢 (生年月日)
1  J.フランコ(ブレーブス)   47 (1958年8月23日)
2  P.ボーダース(マリナーズ)   42 (1963年5月15日)
3  B.ボンズ(ジャイアンツ)   41 (1964年6月24日)
3  B.J.サーホフ(オリオールズ)   41 (1964年8月4日)
3  R.パルメイロ(オリオールズ)   41 (1964年9月28日)

昨年ヒューストン・アストロズでメジャー22年目のシーズンを過ごしたロジャー・クレメンス投手は1962年生まれ、昨年の8月で43歳を迎えたが、両リーグトップの防御率1.87をマークし、シーズン13勝を挙げる大活躍を見せた。しかし、アメリカ代表として出場したWBCの晴れ舞台を花道に、現役引退を示唆している。メジャー通算341勝の「ロケット」も、遂にマウンドを去るときが来たのかもしれない。クレメンス以外にも、技巧派のジェイミー・モイヤー投手(シアトル・マリナーズ)や「ビッグユニット」ことランディ・ジョンソン投手(ニューヨーク・ヤンキース)など、40代を超えても高い投球技術を駆使して、メジャーのトップクラスに君臨しているピッチャーは多い。

一方の野手では、なんと言ってもフリオ・フランコ一塁手の47歳が群を抜いている。日本の千葉ロッテマリーンズでも2度にわたってプレーし、独特の打撃フォームがファンの間でも馴染み深いフランコだが、昨年もアトランタ・ブレーブスの一員として108試合に出場。打率.275、9本塁打、42打点、そして4盗塁と相変わらずの元気なオジさんぶりを披露している。もっとも、本人は50歳までの現役続行を目標としているから、ニューヨーク・メッツでプレーする今年も、これまで同様の年齢を感じさせない活躍を見せてくれそうだ。

一方、最年少選手に目を転じてみると、昨年デビューしたマリナーズの若武者「キング・フェリックス」ことフェリックス・ヘルナンデス投手はなんと、1986年生まれの19歳。クレメンスやフランコらの半分以下の年齢でしかない。86年といえば、彼らは既にメジャーデビューを果たしていたから、ヘルナンデスとはまさに「息子」とプレーしているようなものだろう。

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日本人選手が比較的寿命が短い(メジャーの世界ほど長寿の選手が現れない)のは、自分の身体をを見失ったトレーニングを重ねることにあると思います。私個人的には、イチロー選手が幾つまで現役を続けることができるかという関心を持っています。それにしてもロッテでも活躍したフランコ選手は凄いです。
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by somaticcoach | 2006-03-25 21:28

知を取るか、感を取るか

昨日K-Fitであるスタッフと話しているときに、『知を際限なく伝えていくか、感を育めるように伝えていくか』みたいな話しになった。私自身は養成コースを始めるにあたって、「感育」「気育」をしていこうと考えていて、その方が万里に通じる早道だと思うというような返答をした。

身体で感じ合える、そして、感知し合えるようになれば、知識はさして問題でなくなると、私自身今の段階で感じている。養成コースで知を習得してもらおうとすると、何から何まで教えていかなくてはならなくなるという面倒くささもあるし、知識には切が無いから限られている時間の中では限度がある。一方、感受性を高める手段は絞ることができる。大事なのは、それを通して感性を練って高めていくとこにあるため、コースとしてまとまりがつきやすい。その上、理屈を通して人を見るのではなく、自分そのものや人そのものを「看る」ということを養えるのではないかと思う。

私自身、「ある程度の知があるから人を看ることができる」という意見に対して反論はできない。勿論、知は感を助けることができる。しかし、それは知の用いようによるとも思う。知によって感を曲げてたり、感を見失ったり、感を抑制したりしてしまう人が多いのも事実である。知が感を援助するのではなく、操作してしまうならば、知は無いほうがましだと感じている。「感育成」「気育成」が先で「知育」は後回しでよい。知は身に付けていかねばならないが、気や感は元々身体に備わっている。つまり、知に関しては「ある・なし」と言うことができるが、気や感は誰もが持っている。簡単に言えば、持っているものを引き出せるようになればいい。

感・気をどうのように育成していくか、私自身日々試行錯誤を重ねたり、諸先輩から学ばして頂いている未熟者だが、最近はつくづく「気」「感」ということを「知」というものよりも大切に感じおり、根源的なものと思っている。
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by somaticcoach | 2006-03-25 20:38

反省

昼間時間ができたので、昨日のK-Fitでのクラスの反省会を行なった(一人で)。初心者にどういう風に導入していけば、もっとわかりやすく伝わっていくか、色々アイディアが産まれてきた。ソマは名前を初め世間に認識が全くないものだけに、初回で掴めなかった人は、『難しいものだから、最初はわかりにくいものかも知れません。続けていけば、目覚めて来ますよ。』と言ってもなかなか喰らい付いてくれないところもある。ヨガなどは築いて行くという印象が出来ているところもある一方、ソマでは知名度が無いという点で一層の工夫が要るようだ。でも、それだけではない。

数日前、とあるところの同僚と話をしていた。ある先生は非常に例え話とか、比喩表現に豊富である。或る意味女性的な表現力を使うことが上手い。色々な角度から説明してくれるし、説明も十分にやってくれるから、初心者には腑に落ちやすく、食いつきやすいという評判で、新しいことの導入を掴みやすい。だから、初心者にはとても良い講習になり、評判も良い。

しかし、彼の講習は有経験者や或る程度レベルの高く、自分の感受性を駆使してやっていける者、ただちょっとしたきっかけやヒントが欲しい者にとっては重ダルイ講習になる。あまりにも一人On-stage的になって、話をきいているのが少し苦痛になってきて、「いい加減にしてくれ」という感じになってくる。とっとと実技に移って、体験させてくれ状態になる。そういう方にとっては、私のような直線型で、最低限で飾り言葉なく一聞「退屈的な」誘導の方が、良いという評価を頂いた。

前者の先生は初心者向きの講習をさせると真価を発揮する。しかし、経験者(或る程度、育った者)は彼を離れていく傾向を持ってしまっている。彼のティーチングは、いつでも初心者を相手にする様に進めてしまうからだ。私の様な者は或る程度の有識者に講習をする方が受けが良い。結果や今までの傾向を見てもそう物語っている。私は一般者には首を傾けさせてしまうが、同業者の方は気に入ってくれることが多い。そのようなティーチングスタイルは私自身の体癖が顕著に現れていて、変えることが非常に難しい。というか中々そう出来ない。しかし、一般の方の前に立つ以上、工夫を重ねていかねばならないということは自覚している。自分の体癖を考慮した時、集団の一般の方の前からはいち早く引退して、裏からインストラクターが育っていく手伝いに従事した方がいいとつくづく思う。

読書というものを例を挙げても、人それぞれの違いがあってとても面白い。どんな本を好むか、どういう作家を好むかというのは、自然と自分の体癖とマッチしたものを選んでいる(それを相性などと呼んでいる)。自分の好きなジャンルの中にも、この人の本は好きだが、別の人の本は合わないというのがある。私自身好んで読むジャンルには身体論や身体に関するものでも、書かれてある内容は面白く、興味深いというのはわかっているのだが、どうしても文章や表現のされ方を私の身体が拒否を示す。読みたいのだけれども、中々身体がその本を読み進めていくことを受け入れてくれないし。無理やり読み始めても、きまって途中で放棄する。一方、自分の身体にクリックするものは、どんどん読み進めることができ、あっという間に読破できてしまう。こう思う人も多いと思う:「人に自分がどういう本を読んでいるのか知られるのが恥ずかしい。愛読書を知られることで何か自分のことが見透かされてしまうような気がする。」と。これは正解だと思う。だから、本屋さんで本を買うときに、本のカバーをつけてもらう人がいる。本が傷むのを防止したいからという理由は案外少なかったり、最大の理由ではないように思う。

先月、私の師匠と話しているときに、体癖とそれぞれの武道家のスタイルや身体論という話になって非常に面白かった。自分の身体に合った武道家や師匠、または先生に出会うことや探し当てていくことが、自分固有の個性を最大限に引き出す近道にもなり、色々の理論に惑わされることがなくなる。様々な理論があるが、どれが正しいと言うことはできない。言ってみれば、どれも正しいことがある。ただ、問題なのは自分との相性がクリックしているのかどうかというところである。自分と合わないものは間違いであるとも言い切れない。それは単に自分の体癖にクリックしないことであって、他の人にとっては最上の理論であり得るのだ。私とその私の師匠の体癖は全く異なる。だから、私達二人の感じていることが同じである可能性は低い。しかし、他の先生達と何が違うかと言えば、私の師匠は人の違い、つまり人それぞれがそれぞれの体癖を持っているということを知って指導に当たっていることだ。そればかりか、みんなの体癖を把握している。だから、色んな体癖の人が集まって稽古に励むことができるというわけだ。

人の体癖は細かく分けると720(=10x9x8)種類の可能性中からある(おそらく皆さんにはこの数字が具体的に意味するものはわからないと思いますが・・・)。もう少し細かくすると720x(3x2x1)=4,320のパターンに分類できる。人というのは実に様々な色をもつ。自分の体癖は生まれ持ったもので、そうそう生後に塗りかえれられるものではない(と伝えられている)。自分の体癖状態にあるときが、その人の本当のあるがままの姿・その人にとってのあるべき姿であり、真の個性を発揮できる状態である。自分の体癖以外の感受性で頑張りすぎると身体を壊してしまう。まさに、人には「適」いうものがある。勿論、自分を自分の体癖に押し付ける必要はないし、体癖を隠れ蓑するのはいただけないが、自分の体癖を知っていることは、面白い。自分の人生を有意義にしたり、人生の運び方(運命)を上手く操ることができることに繋がっていくようである。背骨というのもを深く鑑賞していくと身体の素直な訴えが読み取れる。人は不思議であり、我不思議である。
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by somaticcoach | 2006-03-25 14:15

K-Fit debut

プレオープンしているK-Fitでデビューしてきました。
5名相手にSomaticsをちょこっと披露しました。
・・・・感触は今一かな。
続けてくれれば身体の奥から忘れていた感覚が芽生えるはずなんだけど、最初から感動した人は居なかったみたいで残念でした。

スタジオ披露後に、一緒に身体で遊んだあるスタッフの一人はすっごく感動してくれて、半放心状態になっていたんですがね・・・。

4月のスタジオクラスのテーマは『快と再会する』です。身体が本来持っている在ることの快さを思い出していきましょうという狙いです。K-Fitでは毎月テーマを立てて、それに合わせたプログラムにして行こうと思っています。身体って在る事が、あるがままでいることが気持ち良いんだよってことを、本来の姿を取り戻したい人は集まってください。

ところで、K-Fitには人工芝を敷いたスタジオがある。小さな空間だが、私にとって格好の遊び場という雰囲気を醸し出していた。噂によるとK氏の素振り部屋だそうだが・・・。
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by somaticcoach | 2006-03-24 20:00

ライブに出かける

武道の先生の御子息の太鼓団、太鼓衆一気のライブにおじゃましました。凄まじい音色、カラダの60兆の全細胞が湧き上がりました。一番前の席で鑑賞させて頂いても、その迫力の音力が全くうるさく感じないのは、全細胞がシンクロして反響しているからだと思います。奏者が全身を一調子にして演奏できないと創り出せない効果です。素人が同じ太鼓を叩いたら、どこか身体の一部分だけに響くから「やめてくれ~」ってなるんだろうな。この太鼓演奏で全身が熱く温まりました。私のボキャブラリーでは全く言い尽せない、最高のライブでした。

ここ4日間忙しく午前様が続いて、今日は一日中身体が骨休めを欲しがっていました。場所と時間があれば大の字になって寝たい要求でいっぱいでした。身体が疲労困憊の中仕事を終えライブに出かけました。でも、ライブの帰り道は、すっかり身体が変わっていました。足取りは軽く、歩くのがとても楽でした。これも素晴らしい和太鼓のライブによって身体の全細胞が活性化させたお陰だと感じています。この身体の変化だけみても、どれだけいい演奏だったかがわかりました。
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by somaticcoach | 2006-03-22 22:21

稽古日誌03/19/06

1】ボディワーク:New 腸骨に元気をつける(Hip hikeを高める)Bow & Arrow、四つ這いでの丸める・反る―仙骨始動で
2】筋トレ:腕の上下の振り、体幹の捻り(歩行・突き・スウィングなど)・一文字腰/三戦立ちの技化
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by somaticcoach | 2006-03-19 23:26 | 稽古日誌