IE9ピン留め

<  2005年 12月   >

  • 2006も宜しく
    [ 2005-12-31 23:02 ]
  • 生き物失格?
    [ 2005-12-31 11:15 ]
  • 「見る」とカラダが居付く
    [ 2005-12-30 10:32 ]
  • 病気は気持ちがいい?
    [ 2005-12-28 00:07 ]
  • 風邪対策
    [ 2005-12-26 22:37 ]
  • Amazing animals: カンガルーの尻尾、キリンの頸
    [ 2005-12-25 22:34 ]
  • 恥骨の飛び出た女の子
    [ 2005-12-24 22:33 ]
  • Ask (yourself) "So what?"
    [ 2005-12-24 19:17 ]
  • 囚われの身
    [ 2005-12-22 15:51 ]
  • 何でもない日
    [ 2005-12-20 18:40 ]

2006も宜しく


また新しい年を迎えます。生かされて新年を迎えられる(だろう)ことに感謝しています。

2006年は徹底的に自分のカラダを変えていくことを目標にしています。
自分が変わらなければ、何も変わらないことを身を持って実感できた2005年でした。
2005年11月頃から自分のカラダがガラット変わりました。それまでのが何だったんだと思う反面、やっと目覚めてきたんだという嬉しさが込み上げてきました。
更に更に高まっていきたい。そのために、自分にもっと課していかなければならない当面の鍛錬も見つかり始まっています。ワクワクしています。

また基礎科学の復習では自分独自の角度から基礎科学を見直してみたいです。単なる知識の復習ではなく、何か新しいものの見方が発見できそうに感じています。深い学問的研究も力を入れ直して行きたいと思っています。
相変わらず欲張りだが、身も知も天と地に繋がって行こうということです。2005年の締めも兼ねて、近くの山の山頂にある神社の境内で全開放の型をじっくり行い、天と地に繋がってきました。気持ち良かったです。風邪のため塞がっていた呼吸器が、山を登り進む度に少しずつ解放していきました。最初はかなり苦しかったんだけど、適度なストレスだったのでしょうね、その抵抗に対して肺や気管、そして皮膚が開いてくれました。もっと天と地と自然と繋がるカラダに練り上げていこうと思っています。

明日からも切らすことなく続けていくことから始めようと思っています。

2006年~、宜しくお願いします。このブログに立ち寄って頂いて有難うございます。皆さんと直接的な関わりも築いていけることを願っています。

この場を借りて、以上を皆様への新年のご挨拶に代えさせて頂きます

                            砂川隆夫
by somaticcoach | 2005-12-31 23:02

生き物失格?

精液アレルギーなるものが出てきたという報告もある。

性交の際アレルギー反応を起こしていた女性で、詳しく検査したところ精液にのみアレルギー反応が現れたらしい。これでは、普通に妊娠、そして出産という流れを汲めなくなってしまう。もちろん、医学の力を借りて他の方法で受精⇒妊娠⇒出産と漕ぎ着けることはできるのだが・・・。

この事実だけを取り上げると生物としてのどうしたものかという疑問を持たざるを得ない。生物としての本質的使命を果たせないカラダっていったい何なんだろうか?この精液アレルギーに限らず、生殖器関係の疾患に悩む人が急増している。日本では昔は聞かなかった病名がドンドン輸入されている。

もちろん、そういう風になった経緯には複雑な問題が隠されていないこともない。その女性達は男の人に対して、何かトラウマがあるのかも知れない。子供の頃の父親から受けた虐待や付き合っていていた人からの暴力、あるいは精神的なイザコザから発展した恋愛恐怖症?とか。アメリカにいれば日常茶飯事に耳にしていたような事だし、私の職業柄身近な問題でもあった。当時はアメリカは何てひどいんだと思っていたことも、日本も結局一緒やなぁという印象に落ち着いている。

精液アレルギーという事実の裏には、隠されている社会問題=現代病に突き当たっていくように思えてならない。何てヘンテコリンな世の中になっているのだろうか。
by somaticcoach | 2005-12-31 11:15

「見る」とカラダが居付く

昨日の深夜にやっていたTV番組でイチロー選手が出ていたもの録画したので鑑賞していた。
その中で目で見ることはカラダを居付かせるため、バッティング時の始動が遅くなり、手先で操作してしまうバッティングになってしまう。2005年のイチロー選手の苦悩の一部(?)を紹介していた。そして、カラダで「みる」こと、感じることが理想であると。そうすることでカラダが早く勝負の準備ができ、勝負の時に相手(ピッチャー)の間合い入るのではなく、自分側に勝負の軸ができるために、自分の間合いに相手を呼び込むことができる。

私は、自分のカラダで感じること、「みる」ことは、看ることではないかと思っている。私は常々この『看る』を使う。「みる」であっても、触覚言葉である看るが一番日本語の中で自分が働かせようとしている「みる」を表している。この看るは、全身でみることを言っている。『見る』は目に毛(視神経?)が生えているに過ぎないように感じる。

目を働かせること大脳の働きを強くし、頭・首や上肢にエネルギーをもたらす。典型的な上下型のスタイルとなり、小手先の動体操作になってしまう。頭の働きは、下半身の働きを抑制し、土台部分に居付きを起こす。頭の判断はカラダのスピードを遅くしてしまうことは、野球に限らない。例えば、歩行者として信号待ちをしていて、青信号に変わるのを今か今かと信号を凝視しながら待ってみる。青に変わったので、頭をストップからゴーへ指令を切り替えても、一瞬カラダがスッと動いてくれない。一泊経ってから、カラダが前に進みだす。早く横断歩道を渡りたいと思っていても、意外とスタートは信号をノンビリ待っていた他の人より出遅れていたりする。

全ては過剰に頭に判断を委ねているために起こる間のズレである。目を使いすぎると、頼りすぎるとまさにそれが起こる。だから、カラダ全身で目になり、耳になり、口になり、鼻になり、触覚になり、バランス感覚器になり、動作感知器になり、気配感知器になり、危険察知器になり・・・全身で全ての働きや感覚を感知できるようにならなければならない。情報収集は目や鼻や耳などがやればいいのだが、感知するのは全身であるのが理想である。そうであれば、とっさにどこでもスイッチがオンになるから、カラダが居付くことがなくなっていく。頭脳は遅い、でも身体脳(宇城憲治氏の表現)は早い。頭脳に頼っていては、勝負事では命取りになる。

2005年はイチロー選手にそういう気づきが起こっていたんだと改めて知ったことで、イチロー選手は益々すごい選手になっていくんだろうなぁと期待を抱いてしまう。あの勝負の瞬間にそこまで感じ取り、自分を分析できている選手は他にいるのだろうか?イチロー選手は武道家タイプのように感じた。武道家は年を重ねる毎に技の精度を高めていき、年と共に衰えるという一般認識の逆を行く、年と共に磨かれていく(ある意味、一般人にとっていい意味で手に負えない)人達である。私は、彼がそんな野球選手になっていくような期待を勝手に抱いている。
by somaticcoach | 2005-12-30 10:32

病気は気持ちがいい?

いま風邪をこじらせていることは前回のブログ記事に書いた。

風邪を引いているため頭は働かない。頭を働かせようとすると、とてつもないエネルギーがかかって、非常に辛い思いをしてしまう。

このおかげでと言うおうか、カラダを働かせるとき本能や感性に任せるしかない。これが思いの外、気持ちがいいのだ。カラダ本来のあるべき姿や動作がとり戻されていくような感じがする。無駄な力とはサヨナラできる。病気の時、無駄な力は命取りになりかねない。そんなことにエネルギーを消耗していればカラダがもたないのだ。

昔、酒を飲むころ(今でも付き合いでは飲むが・・・)の私は、ベロンベロン酔っ払った(アメリカ時代に二回だけある)。その時のカラダの浮遊する感じ、そして、一見危なっかしいのだけれども、無駄な力が抜けて、実に理にかなった動作は、とても気持ちが良かったのを覚えている。昔映画で見たジャッキーチェンの酔拳は、あの感覚ではないかと思う。カラダの感覚がパ~ッと開いて、自分が軸になって地球が周ってくれているようであった。

頭の邪魔な働きを打ち切れると、カラダが快適になる。
(ちょっとした病気ならば)たとえ病気であっても、それがかえって気持ち良かったりする。
病気や薬や酒などの力を借りず、私は普段からこのような快感覚でいられるように精進を続けているのである。
by somaticcoach | 2005-12-28 00:07

風邪対策

ついに風邪を引いてしまった。結構本格的にしんどい思いをしているが、久しぶりに引く風邪には今までと違った思い入れがある。しんどいけれど、ワクワクしている。
風邪には効用がある。以前までそういう考えを持っていなかったから、今回には違う思いがある。今回は風邪の効用に期待をしているだけに、うれしさ半分なのだ。アメリカにいたころインフルエンザに罹り、苦しい思いはしたが、気合で2週間かけて経過させたことがあった。薬には頼らず、身に降りかかったことにはしっかり付き合おうとするアプローチは今も変わらないようだ(当時は病気を恨んでいたが・・・)。

風邪にはカラダを整える役目がある。じっくり風邪と付き合うことによって、カラダがかえって丈夫になっていく。だから、適当に風邪を引き、それをじっくり経過させることは非常に意味深い体技であると思っている。これをしっかり経過すれば、これから流行るかも知れないインフルエンザにも一対策打てることにもなる。

今夜は汗だし大作戦。第一弾は、お風呂。風邪の時にお風呂を控える人もいるかも知れないが、お風呂をうまく利用すると風邪の経過が早くなる。すっかりお風呂で体力を消耗してしまったようだ。心臓の鼓動がかなり早くなり、息が上がってしまった。

逆立ちを行い、胸椎5番に力を集めて、汗をかき易いカラダに調整した。これをした後、もう少しカラダが温まってきた。

そして今からの第二弾は、睡眠中の汗出し。昨夜は身震いをして寝ていた。昨日から風邪気味だっただけに、カラダも乱れていたのであろうか、寝相が定まらず、布団からカラダが飛び出していることが多かった。今夜はパンパンに厚着をして、着替えをちゃんと用意して、バンバン汗をかこうと思っている。

毒素を出し切り身を整えて、さわやかな明朝を迎えられることを願っている。

Good luck to ・・・・・ myself.
by somaticcoach | 2005-12-26 22:37

Amazing animals: カンガルーの尻尾、キリンの頸

昨日テレビ(世界で一番受けたい授業)を見ていたら、ある動物写真家が先生に来ていて授業を繰り広げていた。
そこで最も印象に残ったのが、キリンの頸とカンガルーの尻尾。

まずは、キリンの頸。人間の頚椎(首の骨)の数は7つ。
キリンは幾つの頚椎を持っていると思いますか?
キリンも7つなんですね。これは哺乳類でほぼ統一されている魔法の数字なんです。頚椎7個、胸椎12個、腰椎5個。形、サイズの違いはあれ、哺乳類みんな同じ数の背骨を持っている。これだけでも、解剖学お宅の私はワクワクしてしまう。

人間とキリンの首の骨の数は同じだけど、何が違うかというと骨のサイズ。あともう一つ。これは推測だけど椎間板の厚みが薄いと思う。なぜなら、椎間板の厚みと椎骨の厚みの比率が背骨の可動性を決めるからです。椎間板の比率が大きければ大きいほど、可動性が増すのです。

昨日見た映像の中に、キリン同士の喧嘩があった。キリンは首を絡ませ合って・・・と言ってもキリンは蛇のようにクネクネ絡ませることはできない。首にあまり柔軟性や可動域がないらしい。キリンは首を曲げられないらしいです。だから、剣と剣と重ねるように、せめぎ在っていた。そして、隙を見てはヘッドバットを繰り出すのであった。頭の上の角を使うのです。面白かったです。

キリンが首をほとんど曲げられないとすれば、椎骨に対する椎間板の厚みは非常に低いと考えられます。そういうふうにデザインされることによって、筋力に頼らずに骨格の設計によって首を安定させることができるのです。椎間板が厚いとあの長い首を支えるのに相当の筋力が必要になります。おそらく、肩や首の凝りや頭痛を持ったキリンになるでしょうね。

次にカンガルー。カンガルーも喧嘩していました。よく知られているカンガルーのボクシング。と言っても、キックボクシングですね。物(椅子など)や生物がしっかり立つには最低3本の脚が必要だといわれています。人間は二本足しかありませんが、正中線や中心軸と言われる意識の脚を使うことが出来るために、物理的には二本足でもしっかり安定して立つことができるのです。人が後や横から押しても微動だにしないという安定性は3本目の脚を使っているからで、筋力のおかげではありません。なぜなら筋力で立っているものは簡単に崩すことが出来ます。
おそらく三本目の脚を創り出す創造力や想像力や知能がないカンガルーはどうしているのだろうか。二本足で立ち、パンチやキックを繰り出すにはどうするのか。

太くて非常に丈夫な尻尾を使うんですね。尻尾で大地を踏みしめカラダを安定させたり、一瞬尻尾だけで支えて、ダブルキックも繰り出せるんです。凄すぎて、笑ってしまいました。ちゃんとあるんですね、三本目の脚が。物理的にあるから、別に知能は必要なかったんです。大脳を大きくする必要がなかったのではないかと推測しています。

人が歩いたり、走ったりするときは三本目の脚は必要ありません。動作が重要ですから、必要以上に安定性は要らないのです。不安定が安定を作るのが動作なのです。三本目の脚はかえってつっかえ棒になってしまいます。だらか、走るだけならエリマキトカゲもできる。けど、エリマキトカゲは立ち続けることを得意としていないはずです。それにカンガルーも走るときは尻尾で大地を蹴ったりはしない。空中に浮かして体のバランスを調整するために使っています。

最近流行っている運動学のコンセプトで『二軸動作』というのがあります。これもダイナミックな身体操作のためのコンセプトだから、安定性を求める三軸でなくていいのです。ダイナミックの動作中の安定性は二軸で足りる。

偶然?三本目の脚の感覚を掴んだレッサーパンダが立つことが話題になりました。パンダもその感覚を鋭くしていけば、新たな進化の道を歩み出すのではないかと思います。

高齢者や中枢神経疾患のリハビリでも三軸を必要とする立つことや立位動作よりも、二軸の応用である歩行の方が容易にできる人も多いです。しっかり立つというのは非常に難しい。私達は物理的に形ある三本目の脚を持っているわけじゃないですからね。三本目の脚の感覚を取り戻すのが難しいわけです。
by somaticcoach | 2005-12-25 22:34

恥骨の飛び出た女の子

見たくないものを見てしまった。恥骨の飛び出た女の子。年は10歳(小学5・6年生くらい)。今時の子らしく、脚の長い女の子であったが・・・。

恥骨が前に突き出された状態(専門的に言うと骨盤を後偏させた状態)で立ち・歩き・振舞う姿が眼に飛び込んできてしまった。なんという姿だ。もはや姿勢ではない。なぜなら、その子の姿には勢いが感じられなかった。

恥骨が突き出た姿には、恥じらいという身のこなしはできないし、恥じらいを感じる心も持てなくなってしまう。恥骨の飛び出しと恥じらいの無さというのは関係があるのです。10歳くらいにして、恥じらいを感じる身心を捨ててしまったのだろうか。姿はもうすでに今時の中高年の女性である。恥骨を突き出し、オヤジ化し、蟹股で歩くオバハン(昔風に言えばオバタリアン)のようであった。

これもある種の「今時」の子なんだろうなぁ。前々からこれに対する危機を悟ってはいたが、あまりにも完成形に近い新種が現れた。

恥骨を引いて、凛としようよ!
by somaticcoach | 2005-12-24 22:33

Ask (yourself) "So what?"

"So what?"私言葉(神戸弁?)でいうと『だから、何やちゅうねん。』といったところかな。標準的にいうと、『だから何?』といったところだと思う。
PT schoolでの最も尊敬する先生(師)が頻繁にこう言っていた:『常に自分自身にSo what?と問いかけていきなさい。』と。
吉本新喜劇では、じじいに扮した間寛平氏が話しかけられると、『なぜじゃ~。どうしてなのじゃ~。』と延々と切り換えしていくやり取りがある。
小さい子供が親や大人によく尋ねるのは、『なぜ?』という問いかけ。自分も子供の頃そう言って親に食って掛かっていた(?)記憶がある。子供も大人の返答や説明(?)に対して延々と『なぜ?』の応酬をしてくる。大人は挙句の果てには、『お母さん(お父さん)さんがそう言っているから、それでいいの。』という納得できない返答で、問答を終わらそうとしてしまう。こういう親も困ったものだ。どうして子供の前だからって、見栄を張るのか。『お母さん(お父さん)も分からないんだよ。何でだろうね。』って答えてくれれば、子供も納得して黙ってくれるだろうに。子供を消化不良にさせて、黙らすのはどうかと思う。ラジオかなんかで、子供に質問された時、自分も分からなくて、その時子供に答えられなかった。それが悔しくて、図書館に行ってリサーチして子供に後日教えたという親の話を最近耳にした覚えがある。いい親だなぁって思った。

私達はいつから、好奇心の象徴である問いかけを止めてしまったのだろう。いつから好奇心を封じ込めてしまうように自分自身に働きかけるようになってしまったのだろう。

相手に棘が刺さらないようにやんわりと訊くには、多少言い方を変えなければならないが、この問いかけを投げかけると大概の人が行き詰ってしまう。私なんかがそう質問されると一発で化けの皮が破れるだろう。本当にそれ以上、話の展開はないのか、説明のしようがないのか、それともよく考えるともっと違った視点があったり、話を広げる術が見付かったりすることもある。

わが師の御蔭で、一見納得してしまうようなことや意見に対しても常に、『だから、それがどうしたって言うの?』って問いかける癖が付いた。人の講義を聴いていても、そういう突っ込みをしながら聴いていたりする。そういう癖のおかげで、いく様にでも知識や知恵や技術を広げていけることを学んだ。研究論文や本を読んでいても、いつも『だから何やねん?』とか『それがどうやねん?』という突っ込みをしている。

まず、今現在自分が知っている・解っていると思い込んでいることに、自問していただきたい 『So what?』と。そうすることで、自分が本当に解っていることと解ったつもりでいる(知ったかぶりでいる)ことが見えてきたりする。そうなれば、新たな課題が見付かり、成長への道筋が提示されていったりする。納得してしまうことが、賢いのではない。理解しようとすることが優秀ではない。解らないことは、解らない。解ることは、解る。そういう明確なものがないと何をどうしていいのか、選ぶべきプロセスがはっきりしないのだ。カラダを造る時でも同じである。自分のカラダで今何が出来ていて、何が出来ていないのか明確にカラダでわかっていなければ、いくらトレーニングをしてもただの体運動に過ぎなくなる。それでは、トレーニングでも稽古でも修行でもない。

「つもり」であることを卒業しよう。
by somaticcoach | 2005-12-24 19:17

囚われの身

囚われの身はどう生まれるのか。

道で人に絡まれて、腕を掴まれてしまって、逃げられない。掴まれた腕に囚われ、それを引き抜こうとしても、相手のさらなる抵抗に会うだけで、益々呪縛が強くなり、そこから自由になれない。
痛みがある。痛みのみに囚われ対抗しようとすると、痛みがドンドン育って、かえって痛みから解放されることは出来ない。
自分の殻や自我やプライドに囚われる。人を受け入れることは出来ず、引きこもって自分を守るか、相手を攻撃して粉砕したり、遠ざけたりするしかなくなる。また、自分の観念に固執して、人の話を聞くことができない。人と関係を持つこと、ほどよい間合いを築くことが出来ない。人間失格である。人間とは、人との間合い。まったく一人では人間にはなれない。いろんな人と間合いを築くことによって、人間に育っていくのだ。関係性の間合いがあって初めて、人間(同士)であると言える。

まず、自由(囚われから解放される)とは無になることである。無になるから、実にもなれるし、何色でも在ることが出来る。無になるとは、そのものとして存在すること。私達は、そのものが個性であるのだ。だから、無であることが個性である。無闇に色々なものをくっつけ、自分で自分のカラーを決める必要はない。決めてしまうとその色でしか成り得なくなるし、融通が利かず激変する世の中に適応できなくなる。ストレスを溜め込むだけになるし、実際カラダも弱くなっていく。また、自らの裡に息づく多様な才能をかえって押し潰し窒息させ、葬り去ることになってしまう。世間で勘違いされている個性とは、自我の固まりのことを言っている。でも、それは囚われの強調であって、個性ではない。言葉で無になると言うのは簡単で、『実際どうすればいいのか』という疑問を持たれるかも知れない。しかし、それは自分自身に問いかける質問であって、人に伺うことではない。一生かけても問いかけ切れない(禅)問答である。だから、簡単に答えは求めないことだし、答えはない(無)かも知れない。答えを求めだした瞬間、囚われの身になる。

自分なりのプロセスを見つけ出すことだ。最初から正解を見つける必要はない。違うかなっと感じたら、いつでも軌道修正をすればいいのだから。自然はそういう意味で非常に寛容である。
by somaticcoach | 2005-12-22 15:51

何でもない日

今日は眠り病に陥ってしまった。久しぶりの休日のように思う。この数日間連続で午前様になっていた。何とか神戸三宮まで帰ってこれても、そこから電車はなかったりしたので、泣く泣く一時間歩いて家に帰ったりもした(実際はそれなりに楽しかった)。タクシーでも捕まえればよかったのだけど、夜風で頭を冷やすのと、じっくり歩きながら瞑想にふける方が、家に帰ってバタンと寝るよりも良いと感じた。

昨晩の深夜に床についてから、途中何度か起きたが、眠りに眠りまくってやっと今眼が覚めてきた。これから風呂に入って、ゆっくり食事を取ったら、また眼れそう。明日は朝が早いから丁度いいか。

実に何でもない日だった。一見何でもなくても、カラダにとってとても重要だったし、生活のバランスを保つ上で大切な一日になった。

今日はそういう流れにどっぷり浸かろう。今日はそれ以外出来ないだろうし、するつもりもない。溜まっていることもあるから、明日からまた動き出さんと・・・。
by somaticcoach | 2005-12-20 18:40


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