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The Power of Now experience

以下のような2通のメールを頂いた。This is the power of Naikan.
ただありのままの今の自分を見つめることで、自分が問題視していることが自然解消していく。それが内観の力。特に問題を抑制しようとしたり、忘れようとしてはいない。逆に、ありのままを客観視していく。それで、問題が溶けて消える。そして、明日への活力が生まれていく。また、この方は、自分なりに工夫し内観を経験して行った。生きることは創造学だという言葉がある。だから、自分で工夫していったことに、とても価値がある。人から与えられた物ではなく、自分の力で築いていくものは、一入嬉しいだろう。(Kさん、無断でメールを使わせていただいたことをお許し下さい。とても、いいメールでした。)
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<メール1>
昨日、「内観」にチャレンジしてみました。
昨日は非常にイライラしており(おそらく年に1度あるかないかという最悪な状態)。
風呂につかったときに試してみました。

自分なりに全身の各部に意識を集めていきました。
感じたことの一部ですが、普段意識しない部分では…
・右腕の中間部当たりに脈打つ感覚を覚え、脈の振動がおもに下に向かっている気がした。
・背中では空気に触れている部分と湯につかっている部分の微妙な違いを意識できた。
・臀部では左側に主に体重がかかっている。
などなど
とりあえず、2、3分で全身をひと周りしました。

内観できたかどうかは判断できませんでしたが、明確に変わったことがありました。
イライラが消えました。
それまでイライラする自分に落ち込み、落ち込んではイライラする…。
これが、ハイでもなければロウでもない、「普通で楽な状態」に変わりました。
新鮮でした。
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<メール2>
いま、毎日内観をしています。
風呂、もしくは風呂上がりには全身の感じを感じ取るようにして、また、電車の中では少しひねって背骨の感じや筋肉の動きなどを感じ取るようにしています(これが正しいやり方は分かりませんが…)。

ともあれ内観を初めてから、自分の中にあった日常的なイライラが消えていることに気づき、また驚いています。
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by somaticcoach | 2005-09-30 23:16

電車で隣に座った親子がいた。子供は2-3歳の男の子。
彼がふとこっちを向いた。それに合わせて、僕もその子の顔を見た。

眼が異様に輝いていた。一瞬にしてその子の眼に引き込まれた。『何やこの眼の輝きは!』って圧倒され、吸い込まれるほどビックリした。ちょっと震えが来た。漫画の主人公かって思うほど、ほんまに眼がキラキラしていた。ほんまにあるんや、こんな眼が。

同じ車両に乗り合わせた周りの大人を見回してみたけれど、この子のような眼の輝きを持った者は誰一人いない。勿論、当の自分も、こんな眼の輝きは持っていなかっただろう。だからショックを受けたんだと思う。

同じ様な眼の輝きを日々眼にすることがある。家で飼っている犬の眼の光とそっくりであった。でも、人の眼にこのような輝きを見ることに慣れていないせいか、驚いた。毎日、鏡で見ている自分の顔や眼の中にもこんな輝きは無かったのであろう。

何も隠すことない、何も偽ることもない、虚勢を張る必要もない、ただ実存することが喜びで、眼にするもの何もかもが新鮮な喜びで、今を精一杯生きている純粋な人の眼ってこんなにも輝きを放つものなのかって、心地良いショックを受けた。真直ぐこっちを見据えてきた眼には、凄い生きる力が宿っていた。それに、『お前って未熟やな』って2-3歳の子に言われているみたいで、素直に『師匠、その通りです。参りました。』って心の中で返答した。

家に帰って鏡で自分の眼を観てみた。『全然違う。今日出会ったあの眼と全然ちゃう。』やっぱり、失ってた。自分もかつて持っていたであろう、あのような眼光を。いつから失ってたんやろう?
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by somaticcoach | 2005-09-30 21:31

新しい知能指数 ----> SQ

IQ: Intelligence quotient = 知能指数
EQ: Emotional intelligence quotient = こころの知能指数
この二つは有名であるが、今人が最も必要なのは、
SQ: Somatic intelligence quotient。
知能や精神・心や体を分けとる場合やない。すべてひっくるめた人間力が問われている。それが、SQ。

このブログで紹介していっている手法でも、SQを伸ばすことは可能であると思う。また、ここでは紹介していない手法でも、やり方によって可能である。要は、手法そのものよりも、取り組み方次第だからである。

トータルの自分の裡(あるがまま)を見つめ、エゴや過去のしがらみや未来への脅威や不安、または過剰な期待に囚われていない、本当の今の自分とはいかなる存在なのか。そこから、相手や環境などの自分の外の存在を思い遣ることとはどういうことなのか。世界規模でそういう知能を高めていって貰いたい。

争いの起こらない世の中は来るのであろうか?それとも、このまま人類破局の道を走り続けるのであろうか?その鍵は個々のSQにあると思う。
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by somaticcoach | 2005-09-29 00:24 | Somatics

ソマの記憶喪失によって引き起こされるストレス反応は、神経筋緊張やホールディングを局所だけに起こすのではなく、全身にある一定の予想可能なパターンで表現されます。そのため、ズームイン(迫ること)・アプローチでは局所や患部のみに囚われ、問題の本質を見抜けることはできません。ズームアウト(引くこと)してのみ「統一体」を観察でき、カラダのすべての要素がどのように調和、または、不調和しているかを見ることができ、問題を解決に導くことができます。Thomas Hannaは以下の3つのホールディングパターンを紹介しました。: Red Light Reflex、 Green Light Reflex、 Trauma Reflex。一般的には、ほとんどの人が三つのパターンが混ざり合った状態です。このパターンを見抜いて始めて、しっかりとしたリハビリ、フィットネス、コンディショニングの計画が立てることができます。

老化という社会通念がありますね。しかし、「歳のせい」にしている様々な徴候が、実は、長年に渡ってカラダを誤って使ってきた結果、構造的や生理機能的歪みが大きくなりすぎて快適に動けなくなったためであります。身体を徐々にすり切らせた結果、本来の復元力がなくなり、ボロボロになっていくのです。老化は歳月の経過からくる避けられない身体の退化ではなく、カラダの内外に緊張と硬直が蓄積された結果です。私達の生活は、ストレスや緊張にすっかり巻き込まれているため、従来(生来)の若々しさが影をひそめてしまうのです。問題はそれに気づいていないこと、そして、自分が気づいていないことさえも気づいていないことなのです。

ストレスの影響で脳幹と脊髄で不随意的にカラダの姿勢・筋緊張・動作パターンを支配してひまっています。しかも、脳幹にプログラムされている有機的な生体機能や運動機能は抑制されてしまい、病理的な反射反応が猛威を振るっています。また、意識のセンターである大脳と不随意神経系の間の適切なバランスが取れておらず、条件反射が身体を支配し、身体が本来の能力を発揮できていない状態になっているのです。
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by somaticcoach | 2005-09-27 00:49 | Somatics

無意識・無自覚に塗り固められた自分の狭い範囲の拘り・世界観・行動様式・思考・知識・感情・感性や過去の歴史、固定観念で自分自身(仮の自分)を作り上げている。つまり、癖や習慣。生まれて今日まで身についた色々な癖によって、私達は動かされていることが一日のうちでほとんどを占める。自分の考え方や感じ方など、自分そのものが無自覚な癖なのだ。意識の生き物であるはずの人間は、思いのほか意識でカラダの統制など行っていない。意外と意識の力が弱くなっている。

無意識反射。お決まりの反射的緊張や反応の繰り返しが癖となって身体に染み付いているのだ。その根本は、人間の防御本能や免疫の過剰反応にある。その積み重ねや繰り返しが、あらゆる身体機能(神経・内分泌・内臓・循環・呼吸)の偏りを生み、カラダの姿勢や動作にも偏り・歪みや癖を作る。癖(=カラダが無意識に緊張したり、無意識のうちに硬くなってしまったりするの)は、今・ここに在る本来の自分と対立している現われなのです。カラダが和やかではない状態というのは、その人の生活の中にカラダが対立反応を起させているものがあったり、過去からそのようになる原因を引きずっているといえます。

そのようなカラダをコントロールすることを忘れてしまった状態やどうやってカラダと付き合い、活かし(生かし)ていけばいいのかわからなくなってしまった状態をソマの記憶喪失/健忘症(Somatic amnesia, aka Sensory-motor amnesia)と言います。医学や科学の世界で数値化して診断できるものではありません。人の在り方の機能障害だからです。もうちょっと具体的に言えば、カラダを感じる取ることが出来なくなって、動作をコントロールすることが出来なくなった状態です。肩甲骨の動きの悪い人が多いですね。ただ単に悪いのではなく、どうやって肩甲骨を操作していいのか記憶喪失になってしまっているのです(記憶喪失なので。なぜなら、かつて---赤ちゃんのころなど--- は出来たはずだからです)。また、肩甲骨の状態を感知してこなかったために、そのような状態に陥ってしまったのだと言えます。感覚情報の戸切れが、運動機能の退化を生んでしまっています。感覚ー運動回路がおかしいのです。

そのソマの記憶喪失のきっかけ要因としては以下のことがあげられます。生きている・生きてきた中で、私達は怪我・トラウマ・手術・不安/恐怖感・抑圧された感情・(悪)習慣化した行動・動作様式、必要以上に繰り返された行動・動作によるストレインなどの心と体のストレス要因にさらされています。

ストレス要因がストレスにとしてカラダが受け取った時、カラダはある一定の反射反応(いわゆるストレス反応)で応答します。人それぞれの体癖によって、何がストレスとしてカラダに反射反応を引き起こさせるかは異なります(つまり、個人差がある)。また、体癖やストレス要因によってどういう形の反射反応になって現れてくるのか違いが出ます。この反射反応が繰り返されていくと、その反応が慢性化して身についてしまい、自分の意志ではカラダをどうすることもできなくなってしまうのです。癖や習慣の形成です。意識的にカラダと繋がりが持てなくなって、自分の身体をコントロールできなくなってしまうのです。自分のカラダの中に生きていながら、カラダを“もの”や“異物”として感じるようになって行くのです。カラダが自分そのものという存在の現われとしてではなくなっています。例えば、病気や怪我をした時にカラダの修理屋を求めるような考え方や観点をする人です。結果としては、いわゆる老化現象、成人病、生活習慣病、悪い姿勢(姿勢/骨格の変形)、回復力の衰え、痛み・疼痛、障害、慢性疲労、体の凝り、心の病などが起こります。

この状態から脱出するには、感覚器官と運動器官の間の情報流通回路をグレードアップしたり、リセットしたりする必要があります。まず、自分が無意識のうちに自分の癖に囚われてしまっていることを自覚せねばならない。自分への自覚を高めることで、自分を修正していく道を歩き出せる。『後来習態の容形を除き、本来精妙の恒体に復す』を目指します。これを実現するためには、まず内観を行い、自分自身の癖を見つめ直し、徹底的に自己否定をしなければならない。(注意:自己否定とは自分の存在を否定することではない。知らず知らずの自分というもの、常識や先入観などを疑ってかかることを言っている)。自分の体癖やお決まりの反射反応パターンに対する理解を持っていると有効で、自分のことを知る助けになります。

Thomas Hannaは(Hanna Somatic Educationでは)、お決まりのストレス反射反応を大きく3つに分けました。その3つの複合の形がもっとも頻繁に観察する人の姿です。それを更に進めて、私は基本形を5つに分類しました。プラクティショナーがこの分類を用いることで、無意識反射パターンからの解放が予測可能で、対応可能になっていきます。更に、表面に現れている姿(外相)を読み取るだけではなく、裡の姿(内相)を読むことも可能になりました。この内相を読めるか読めないかで、リハビリ・トレーニング・コンディショニングの効果が大きく異なってきます。特に、アスリートの万全な状態での早期現場復帰を手伝うトレーナーにとっては、今後必須の技術になると思っています。(---非常に分かりにくく習得しにくいものなので、今のところ人に伝授できる術を持っていません。---御免)
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by somaticcoach | 2005-09-27 00:10 | Somatics

変形性膝関節症というレッテルを貼られてしまった方には、「膝が変形したので、膝はもう治らない」と悲観的な思い込みをする人が多いし、日本でもアメリカでもそうレポートしてくる人を観続けてきた。医者にそう言われると疑うことなく、それが正しい(?)こと・受け入れなければならないこととして、即自分の価値観になってしまっている。

じっくり考えて欲しい。それが本当に正しいことか?

変形、つまりカラダが変化してきたわけだ。誤ったカラダの使い方をして、長い年月をかけてじっくり悪いストレスをかけ続けたために、そうなってしまった。降って湧いたものではなく、時間をかけて自分のカラダにそう働きかけた結果なのだ。それが好ましい結果ではなく、悪いほうに関節やアライメントが変形したわけだ。しかし、こう考えられないだろうか。カラダにかけるストレスの種類や質を変えれば、良いほうに変形し直すというふうに。それが、論理的で冷静なカラダの捉え方ではないだろうか。変形は良い・悪いは別にして、幾つになってもカラダはそれだけ変化できるというカラダの可能性を示してくれている。

脚がひどく曲がりくねった中高年の方を看ることが多いが、そのためにカラダの可能性を感じさせてくれる。勿論、奇跡的に瞬時に元通りになるという考え方はしない方が良い。しかし、好ましい働きかけを行えば、カラダは好ましい方向に変化してくれるのである。

カラダが硬い人も同じである、それだけカラダが硬くなれるってことは(人によって度合いが異なるが)、逆に柔らかくなれる可能性も示してくれているのである。

勿論、年月をかけて正しくカラダに働きかける必要がある。だが、発想を変えれば、ちょっと違う角度から物事を見ることが出来れば、自分のカラダに悲観的になる必要は全くない。そして、私の持論に通じる:『幾つになっても、みんな将来性がある。』
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by somaticcoach | 2005-09-26 22:37 | Somatics

朝青龍関

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朝青龍の優勝。
千秋楽は圧倒的に彼の舞台になった。
朝青龍の笑った時のあのガキ大将・悪がきのような笑顔が好きや。

相撲を取っている時、絶対につま先立ちにはならない。土俵(地)と一体にながらも、居着かない。強さと速さの秘密のように思う。

しかし、後援会の人ってどこも変わらない。ついこないだ写真に載っているのと同じ様な画を見た・・・、選挙の時や。あの当選した政治家の後で万歳している人達。いっしょや。やることは、金出して、万歳してテレビに映ることか・・・?
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by somaticcoach | 2005-09-26 00:39

自分のカラダで遊んでいた。
突然、『こんな動き全然面白ない。』って感じて、止めた。
カラダの要求に任せて動いていたのだが、自分の動きの殻から抜け出せていない。
動きの流れがいつも同じやと感じた。
無意識に近い状態でカラダの動きを出してやれば、自分の頭では想いもやらなかった動きが出てくるのだと思っていた。でも、違った。このまましてても同じや。動作の選択肢の少ない自分がしょうもなく思えてきた。

動作の経験不足というのもあると気づいた。
いくら無意識って言っても、自分が生まれてこのかた一度も経験したことがない動作なんてやっぱり出て来てくれない。やっぱり、色んな動作を経験していて初めて、カラダがポッとそれを出してくる。意識の中にはなくても過去の記憶が眠っていれば、潜在意識に眠っていた動作がある時スッと現れてくる。経験していないことは、カラダは出来ると分かっていない。思わずカラダが反応したり、動いたりすることがあるが、身体は経験したことの無いパターンでは思わず動かない(生理反射を除いて)。記憶が無い動きって言うのは、カラダは引き出してこれない。

これには、型稽古が有効だと思う。例えば、ヨガ。何百何千というポーズがある。その型を丁寧に稽古することによって、とてつもない数の動作オプションを持てる。それそれのスポーツにもある程度必要な型がある。やっぱり、動作の本質を突き詰めた上で確立された型は大事に練習すべきだと思う。そうすると、いざという時にカラダが臨機応変に反応してくれる。それは、偶然ではなくて、練習の賜物=必然の結果として現れるのだ。

最近は無意識系運動を中心に行っていたが、型稽古に戻る時期に来ているみたいだ。

最近ダンスをやってみたいと思い始めました。自分のカラダを使っての表現力がどれ程のものなのか知りたいと言う理由からです。
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by somaticcoach | 2005-09-26 00:15

観戦記

今日はどうでもいい事を書こう。

兵庫県高校野球秋季大会で母校が、今年の夏の甲子園出場校に完敗した。ベスト16(NCAA Basketball 風に言うと Sweet 16)どまりだった。何年も前の自分達のチームと同じ所までしか行けなかった。しかも、同じ球場で敗れるなんて。僕らのときは接戦だった。今でも思えば、勝てた試合だった。でも勝てなかったのは、やっぱり大きな実力の差だった。もう一つの思い出は、相手は私立強豪校で優勝候補。試合の前日になって、試合会場を自分達のお膝元の球場に変更した。こっちは、前々から決まっていた試合会場をなんで向こうの地元に変えるねんって、私立はやることちゃうなぁって思った。そういう(政治)権力が裏で動いているんだなぁって、社会の授業で学ぶよりも、分かりやすく社会の仕組みについて教えてくれた。

今回の新チームは、自分達の頃のチームをちょっと小粒にして、もうちょっと機動力があるようなチーム(と言っても、誰にも伝わらないが・・・)。相手をかき回して点に結びつけるのが生命線。今日は全然それが発揮できていなかった。一安打でどうしろっていうねん。特に終盤は相手の思う壺で、まさに完敗(1安打完封負けコールドゲーム)。
この秋も兵庫県では有名強豪校が敗れている。秋は、春や夏よりも公立校にとってチャンスが多いと思う。新チームは私立高校でも経験不足であることが多い。公立高校も必死になって勝ちに行く。明日と来週末、どんな展開になるのか楽しみだ。

朝青龍は千代大海を全く寄せ付けず、安定した相撲で優勝戦線トップに並び出た。やっぱり朝青龍やね。今場所は浮き身が目立っていて、足元が土俵と反発している取り組みが多かった。居着いて、カラダをコントロールできていなかったし、相手の攻撃に対して、自分の軸の中で相撲を取れていなかった。今日の千代大海戦は、居着がず磐石の相撲だった。アンチ朝青龍も多いが、僕は朝青龍が好き。琴欧州残念やったねぇ。明日は勝って欲しい、そして、優勝決定戦が観たい。
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by somaticcoach | 2005-09-24 22:11

声は裡の姿

『声はカラダを変化させる。声は息(生き・意気)の現れである。』
自分がどういう声を発しているのか。声にどれほどパワーや、どういう感情や想いを乗せているのだろうか。自分の声に乗せられた言霊は力は如何ほどか。これらのことに対しては意外に無頓着なのだが、よく考えて見ると非常に重要なポイントに行き当たってしまった。

昨日のお会いしたクライアントが、「主人が声楽をやっているので、私もやってみようかしら」とお話をしていらっしゃいました。「とても良いことだと思います。声を出すことにとってカラダの使い方は非常に大事ですから。声楽に通してカラダのことがよく分かるんじゃないでしょうか。」と答えていた。

その時に、ピ~ンときたことが、初めに書いた声についての考えであった。よく考えて見ると、声というのは呼吸であり、人間の一番裡側から発せられるもの。いわゆる私達の内側の姿(内相)であった。これは改めて感心したことなのだが、大きなヒントになる。

もっと積極的に発声や声を発するための身のこなしを取り入れたSomatic exercisesを作っていきたいと思った。やることがまた一つ増えて、いつのことになるのやら・・・。

まず、自分の声について内観せんといかんなぁ。
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by somaticcoach | 2005-09-24 01:30 | Somatics